第9話 メンエス事件簿#2 突撃
もう30分近く同じ姿勢のまま泣き続けてる、、、
目から溢れる涙の量でその悔しさが伝わってきました。
オープン当初、全然お客様が来ない状態で辛抱強く付き合ってきてくれたセラピストさんが、
「どうしても我慢ならないことがあるから聞いてほしい」
と遠慮がちに言ってきたのが事件の始まりでした。
話を聞いてるうちに、ぼくもだんだんと怒りが込み上げてきました。
高い位置からぼくたちを見下ろし、自分の高みを確認しているかのような言動。メンエスに従事している人、お客様、その家族までを馬鹿にするなんて。
気に入らない。
久しぶりに怒りのスイッチがオンになりました。
当時のネットニュースではこんな記事で持ちきりです。
若きIT社長が女性のためのWEBサービスを開発。それを大手IT企業が数億で買収。一気に億万長者になったIT業界のフェミニン貴公子。
そいつが、ぼくの店に来てセラピストさんの嫌がる行為や、女性を馬鹿にしたような行動をとっていたのです。
メンエスをやっているのだから、お客様の気持ちはよくわかってるつもりです。時に盛り上がることもあるでしょう。
ただ、この件は全然別。
そういうのじゃない。
詳しく書けないけどまるで違う。
それなのにネットニュースの記事を読んでみると
女性目線で
女性のための
女性の社会進出のために、、、
とにかく女性思いな発言のオンパレード。
どうしても許せなくて、秘書を通じて社長であるそいつとアポを取りました。
アポが取れて、ほっとひと息。
あれ?でも、何しに行くんだろ?
ぼくは何が狙いなんだろう?
まあ、いいや
とにかく行こう、、、
念のため書いておきますが、ぼくが相手先まで乗り込もうとしたのは10年間で後にも先にもこの時だけです。
詳細を明かすことは控えますが、温厚なぼくをそこまで動かす内容でした。
そして当日、
鼻息荒く訪問
受付嬢の丁寧な案内で応接間に通されると、そこには2人の弁護士と取締役がニコリともせずに待ち構えていました。
さすが上場企業です。
さあ、いよいよ試合開始のゴングです!
先攻はぼく。
勢いだけはよかったのですが、
暖簾に腕押し
ぬかに釘
馬の耳に念仏
法的武装をした相手を前になすすべがありません。
そして、後攻の弁護団はというと
「そもそもお宅の商売は、、、」
「そんな商売をしているあなた達にそそのかされた被害者ですよ」
「マッサージかと思って行ったら、なんだか様子が変で困ったと言ってますよ」(困った割には何度も来て、指名までしてたけどね!)
「やるならやるけど大丈夫?」
などと弁護士が2人がかりで釘をさしてきます。
2人の反撃を冷静に分析すると、争って負ける気はしないけど名前がニュースに出たり、争うこと自体にリスクを感じているなという印象を持ちました。流暢な口調の中にかすかに見える怯えの色。
ということはここで引いて、どうなるかわからない状態を続けるのが、ぼくができ得る最大のお仕置きではないかと判断しました。
なので、
来店記録や指名情報があることを匂わせて引き上げることにしました。
事業が好調だからといって、何をしても許されると思うなよ!
自制の効かない坊やにしっかり首輪でもつけておけ!
という精一杯の捨て台詞を残して高層階から一気にエレベーターで駆け降りてきました。
店に帰り、いつもより少し重たい扉を開けて中に入ると、被害に遭ったセラピストさんがいました。
あいつの会社に行くことは話していなかったし、話さないつもりですが、報告してあげられることが何もなくて顔を直視できませんでした。
情けない、、、
その夜はマークシティの上の階で2人で黙ってお寿司を食べました。
帰る頃には元気のなかったセラピストさんにも少し笑顔が戻ったような、、、記憶が美化されてるのかもしれないけど。
数ヶ月後
時間の経過とともに日常を取り戻していました。
あのセラピストさんはというと、お客様と結婚して地元に帰ることになりました。2人で美容室をやるそうです。
めでたし!
あの卑劣漢は富豪と有名人の仲間入りを果たし、さまざまなメディアに引っ張りだこの毎日。
ひとつ問題なのは、ぼくと対峙した取締役と店の近所でたびたびすれ違うこと。
あの時の慇懃無礼な態度。
一生忘れることができない憎々しい顔。
なのに、一生忘れられない相手はぼくを覚えていない、、、
同じ店でランチが重なった時も、カフェで隣の席で打ち合わせをしていた時も気づかれなかった。
無視されてるのではなく、忘れられて気づかれない。
上場企業という巨象のつま先に、メンエスという蟻が噛みついただけなんだなあ。
あれから10年
今日も出勤してくれるセラピストさんがいて、楽しみに来てくれるお客様がいる。
小さな輪の中でいろんな需給がバランスして最小の経済が回っている。
いいじゃんそれで!
それが好きなんだ!
比較すれば蟻だけど、比較なんて意味がない。
強がりでもなんでもなく、心の底からそう思える日が来ることを10年前の自分に教えてあげたい。
今回はそんなお話でした。
最後までお付き合いいただき本当にありがとうございました。