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トレースするのはアリかナシか。

絵を描く人にとって「トレース」するって
アリでしょうか? ナシでしょうか?

トレースってのはあれです。被写体を敷き写す事です。

「上手な絵」というのは時として、すごくリアルな絵を指す場合があります。その絵がトレースして描かれた絵だと知った時、見る人の評価はどうなるでしょう?
「なーんだ、トレースしたんかい。だったらそんなに凄くないじゃん。」
なんて話になったりします。マジで。

皆、絵がうまくなるために日々頑張ってるんです。
でも、誰かに言われた事ありませんか?
究極、行き着く先って写真じゃん。
まぁ、リアルを突き詰めると本物なので、本物の2次元で写真が最終形態になりますね。

「いやいや、そこに至るまでのプロセスが大事」
「自分の手だけでそこまで描ける事が凄い事」

その通りだと思います。
デッサンでは描く力と同時に見る力が養われます。
描いたら描いただけ絵は上達します。
それはこれまで体験してきた事実です。

ですが、結果のみが目的だった場合。
この場合、完成した絵のみを評価すれば良い場合。
トレースする行為は悪でしょうか?

屁理屈を言います。
線をまっすぐ引く必要があった場合、定規を使う事は悪なのか?
飲み会でお会計を割り勘にする場合、電卓を使う事は悪なのか?

ここ最近、とある作品を描いてしまって
柄にもなく考えこんでしまいました。

前置きが長くなってしまいましたね。
これからが本題。

先日、会社の同僚の方からスノーピークの焚き火台をいただきました。
数回しか使ってない美品で、もう使わないからと。
一人用サイズですが、結構な重さ。
スノーピークといえばアウトドア界のヴィトンやグッチみたいな高級ブランド品です。
それを頂けるという事でした。

こんな良いものを貰っておいて、何かお返しをしなければ。

常識人の僕はお礼の品をアレコレ考えましたが、お金も無いし
何より相手に余計な気を使わせてしまいそうだと。

そこで思いついたのが、その同僚の方の愛車を絵で描いて額に入れてプレゼントしてみようかなと思いつきました。
ちょっと気持ち悪い気もしますが…。それならお金はそれほどかからないし
自分の頑張りも相手に伝わる事だろうと。

同僚の車はMINIの3ドア。第2世代のJCWってヤツだと聞きました。

あまり車に詳しくもないのですが、ちょっと調べた感じ、これだかな?という車に目星をつけて、いざ制作開始。

とはいっても、車みたいな人工物ってちょっと形が取れれないとすぐ違和感として現れます。

何度描いても違和感は拭えず、どこがおかしいのだろう?と写真と絵を重ねてみました。

目も当てられないくらいずれまくってる。
言い訳させてもらうと、そもそも模写してるつもりは無かったんです。
同じクルマを描いているだけってつもりでした。
でも、やはり形に違和感を覚え、その原因を追求すると、形が取れていない事に起因します。

そこで僕は考えました。
「このまま写真なぞっちゃダメかな?」

とりあえずアウトラインだけ、などと変な言い訳をカマしながら
車の主なアウトラインを線でなぞってみました。
すると、今までずっと描いては消し、描いては消しで整えていた形が
ものの数分で完璧な形として描かれました。

チート感満載でしたが、この方法(トレース)を悪しとする理由が思いつきませんでした。
ここまできたら、もうままよ。と。

あとは完成までひた走り。
道に迷えば地図を見る。がごとく、重ねて答えを合わせます。

楽で楽しょうがない。
そして自分が完璧に形が取れる様になったときにようやく描けるはずの絵が
今、掛けてしまいました。

本来ならこんな絵を描ける技術は持ち合わせていないはず。
だけど、自分ひとりの力だけで描いた絵というのもまた事実。

この絵をプレゼントする同僚は、喜んでくれると思います。
でも、トレースして描いた事を知って、どう感じるのかな?

結論をいうと、今はトレースを肯定してみようと思います。
正直トレースで描いてみた事での新しい発見もあったし
トレースして描いたらどんな絵が描けるかな?という好奇心が勝ってしまいました。

トレースという方法は本物を重ね写すので、本物を超える事はありません。
でも、トレースしたあとに別の要素を足す事でまた違う何かに変化することも可能です。

耳障りの良い言葉を使いますが、
「否定してしまったらそれ以上は無い」と思います。

今はJeepを描いてます。

昔、散々描いて失敗して結局まともに掛けなかった題材です。
今度くわしく投稿します。

#絵 #イラスト #アート #MINI #トレース

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