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連載:マレーシアのチャンプルな友人達とその食卓。料理の技は祖母ゆずり

ここはマレーシア、イポーの町の中華レストラン。

中国語版「涙そうそう」のBGMが流れるなか、店主のジョアンさんにイポー料理を教えてもらいました。

ジョアンさんは、マレーシアの華人です。祖父は中国からの移民で、もともと裕福な家柄だったそう。ところが戦争で一文無しに。働く習慣のなかった祖父のかわりに家族を養ったのは祖母で、手作りの軽食や菓子を販売してお金を稼いだ、とのこと。

「子どものころ、祖母によく料理を手伝わされていました。友だちと遊びたかったから、そのときは嫌だったけど、今こうやって料理の仕事ができるのは祖母にいろいろ教えてもらったおかげ」とジョアンさん。

友人と広東語で話すジョアンさん(左から2番め)。広東語はにぎやかで、まるでジャッキー・チェンの映画のなかにいるようだった

料理のことを話し出したら止まらないジョアンさんに習ったのは、イポーチキン。イポーという冠がついているように、この町の名物料理です。

レストランのキッチンは、ドアがあけっぱなしの半屋外。明るくて気持ちよく、蒸し暑さで汗がどんどん出てきて、なんだか体が浄化されていくようだった

イポーチキンの作り方はとても簡単。湯が沸騰したら丸鶏をいれて、コトコト火加減で12分。ゆであがったら、氷水に浸します。

熱い湯から冷たい水に入れることで、皮をひきしめる。(ということは、サウナのときの人間の皮膚もそういう状態になるのか、なんて変な想像をしてしまった)

タレは、オイスターソース、醤油、砂糖、水。鍋でいったん煮立たせたら、白胡椒。仕上げに鶏の皮からとった鶏油、胡麻油をひとまわし。

できあがり。いただきます!

うおおおおおっっ、と声を出したくなるぐらい、おいしい。身はふっくら、皮はこりっと歯切れよく、かむごとに旨味がふわっ。タレの濃さはちょうどよく、香味油の風味にうっとり。

たぶん、土井善晴先生がいうところの和食のおいしさにつながる雑味のない、すんだ味。土井先生もきっと気に入るだろうな~。

とくに皮がいいのよ、皮が。絶妙の歯ごたえと厚み

で、これもう、簡単でおいしいから、日本で再現したい。なんだったらイベントにしてみんなに食べてもらおう。なんて、食べた直後はノリノリだったわたしですが、

いや待てよ、と。

ジョアンさんのプロセスをもういちど脳内リピート。

すると、そんな簡単なもんじゃないぞ、と気づきました。

たとえば、いい具合に火が入るちょうどいいサイズの寸胴があること。鶏肉をすっと骨切りできる研ぎたての中華包丁に、切るポイントを熟知したジョアンさんの腕。

また、チキンをカットして皿に盛り付けたら、そこに寸胴に残るゆで汁をかけて、全体にいきわたったら、スープを寸胴に戻す。かけて、戻して、かけて、戻して、を3度くり返して鶏肉をあたためる、など小技の数々。

そして、最大の難点がこれ。

「1.8~2kgの丸鶏を使ってね。冷凍していないもので、カンポンチキン(地鶏)ね。脂と身のしまりがちょうどいいの」とジョアンさん。

そうか、なるほど、納得です。地元産のフレッシュな鶏で、ゆでチキンにぴったりのサイズ。だから、こんなにおいしいのか。よく見ると、ゆで汁に鶏の脂がほとんど浮いていない。それだけ肉質がしまっている、ということ。

結論。日本での再現は無理。
イポーにまた食べに行きます。


現在ジョアンさんは、店「JC Just Cook」を旦那さんとふたりで切り盛り。ふたりのお子さんはシンガポールで暮らしている、とのこと。

取材の最後、店を切り盛りしながらの子育ては大変でしたね、夕飯はどうしてたの? と聞くと、

なんでそんなこと聞くの? そんなのあたり前でしょう、という表情で、こう答えてくれました。

「もちろん食事は全部、店で。営業が終わったら、ここで店のご飯をみんなで食べていたわ」

店で提供する料理と家族で食べる料理が同じ。それをあたりまえに告げるジョアンさんが作ってくれたイポーチキンは、生涯忘れられない味です。


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