解散総選挙から2ヶ月 フランス新首相の任命と衰退するマクロン政権
51日ーーー。
これはエマニュエル・マクロン大統領がガブリエル・アタル前首相の辞任を受諾してから、新首相を任命するまでにかかった時間である。現地時間9月5日(木)13時22分にミシェル・バルニエ(73)がフランスが新首相に任命されたことが明らかになった。解散選挙後、三勢力に分断された下院議会で、バルニエ氏の政権がどこまで存続できるかが注視されている。また難航した首相選出過程からは、衰退する二期目のマクロン政権が透けて見える。
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35歳のガブリエル・アタル前首相(左)と73歳のミシェル・バルニエ新首相(右)
最年少首相から最高齢首相へバトンが受け継がれた
ミシェル・バルニエとは誰か?
ミシェル・バルニエ(Michel Barnier)は、右派政党共和党(Les Républicains)の政治家だ。14歳という若さで政治活動を始め、22歳で地元のフランス南東部サヴァワで政界にデビュー、27歳には国会議員に当選する。
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国内では環境大臣や外務大臣など政権の要職を歴任したほか、欧州委員を二度務め、さらにイギリスのEU離脱(Brexit)交渉をリードした経験を持つ。近年では敗れたものの、2022年の大統領選挙の候補者選定に向けた共和党内の予備選挙にも出馬している。
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結果、ヴァレリー・ペクレス知事(左から2番目)が大統領候補として選出される
グザビエ・ベルトラン知事(右から1番目)にも負けてバルニエ氏(真ん中)は三番手に終わった
選挙から2ヶ月後の首相任命
バルニエ氏が今回、首相に任命されるまでになぜ2ヶ月も要したのだろうか?それは下院議会に政府を組織するのに必要な過半数議席を有する勢力がいないためである。
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新人民戦線(Nouveau Front Populaire)とその他左派(Divers gauche):194議席
マクロン氏率いる中道連合(Majorité présidentielle):166議席
共和党とその他右派(LR & Divers droite):65議席
国民連合とその友党(RN & Alliés):143議席
解散総選挙の結果、左派連合の新人民戦線(NFP)、マクロン氏が率いる中道連合(Ensemble)、国民連合(RN)を筆頭とする極右連合が議席数で拮抗した。さらに各会派は他会派との連立の形成を拒否。他会派から首相が選出される場合(内閣の退陣を要求する)不信任動議に投票する意思を表明することで互いに牽制する状態が続いていた。
いずれかの勢力から首相を選出されてもすぐに倒閣されてしまう。1ヶ月ごとに首相が交代する可能性もささやかれる中、マクロン大統領は出来る限り長続きする政権を形成できる人物を探していた。
先月23日からマクロン大統領は本格的に各会派の代表や幹部と立て続けに会談を開始。しかし過半数の議員から信任を得られる有望なプロフィールは見つからず、首相選出は泥沼化した。毎日次々と新たな首相候補が浮上し、首相任命は先送りに先送りを繰り返すことになった。
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悪魔との契約? バルニエ政権の命運を握るRN
バルニエ氏以外に直前までベルナール・カズヌーブ前首相とグザビエ・ベルトラン知事が有力な首相候補として挙げられていた。しかし左派連合NFPと極右のRNがどちらの候補に対しても不信任動議を投票することを表明していたため、両案は頓挫した。
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結果的にバルニエ氏に白羽の矢が立ったのは、RNが不信任動議に即座に投票しないことを約束し、内閣の存続がある程度保証されたからである。バルニエ氏は中道右派の共和党に所属している一方で、2022年大統領選挙の党内予備選挙の際には移民に対する姿勢を硬化させるなどRNの路線に接近していた。
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極右の支持を前提としたバルニエ氏の選出を揶揄する一面
『ミシェル・バルニエ 首相府へ「(赤字で)マリーヌ・ル・ペンから承認済み」』
バルニエ氏の首相任命後、RNを代表して三度大統領に立候補したマリーヌ・ル・ペン氏は「バルニエ氏は私たちが要求した第一条件、つまりRNの支持者の尊重するという条件を満たす人物である」と言い、「(バルニエ氏は)RNに対して過激な発言をしたり、RNをのけ者にしたり」していないと評価した。ただしバルニエ氏の施政方針演説を注視し場合によっては不信任動議への投票を辞さないと述べ、RNの政権への支持は完全ではないと明確にした。またマクロン氏の中道連合とバルニエ氏出身の共和党の議席数を合わせても、法案を可決するのに必要な過半数の289議席には遠く及ばない。重心が右派にある政権と協力することをNFPが基本的に拒否している以上、バルニエ内閣は政策の推進をRNの支持に頼らざるを得なくなることが予想される。
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皮肉にも、欧州議会選挙でのRNの大勝利を発端に始まった解散総選挙後に組織される内閣の命運はRNに懸っている。
求心力を失い、衰退する第二次マクロン政権
解散総選挙から首相任命の過程で見えてくるのが、衰退するマクロン大統領の権威だ。自身の率いる中道連合(EPR)の議席数が目減りしただけではなく、EPR内におけるマクロン氏への求心力も低下している。
マクロン大統領への忠誠心が強いとされていたアタル前首相も、欧州議会選挙後の唐突な議会の解散の理解に苦しみ、それ以降大統領とは距離を置いている。
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解散選挙後、両者の関係にはひびがはいる
さらに一期目の五年間(2017-2022)国民教育大臣を務めマクロン氏からの信頼も篤かったジャン=ミシェル・ブランケ氏も先月末に回顧録を出版し、その中で近年の大統領の統治の仕方を痛烈に批判している。
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そして首相の任命が遅れる中、エドゥアード・フィリップ元首相(2017-2020)はもし2027年の大統領選挙が前倒しになった場合にも立候補することを「ル・ポワン(Le Point)」誌のインタビューで明らかにした。フィリップ氏が2027年に立候補することは公然の秘密であったが、首相選びに苦戦する大統領を前に後釜を狙っていることを公にすることはマクロン氏の求心力の低下を象徴する出来事であった。憲法で連続した任期の三選は禁止されており次期選挙でマクロン氏は立候補できないため、ポスト・マクロンを狙う動きはフィリップ氏に限らず、EPRの他の重鎮政治家の間でも広がっている。
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極右の台頭との戦いと銘打って始めた解散総選挙の大義は失われ、支持基盤が脆弱になり、政府の組織すらままならない状況から、マクロン氏の辞任と繰り上げ大統領選挙さえ噂されている。
10月から始まる議会での予算案の討議がバルニエ氏にとって、またマクロン氏にとっても、一つの山場となるだろう。