鎮魂歌 モーツァルト ニ短調 K.626
人付き合いなんて適当で良いんじゃないだろうか?
わざわざ人を好きになる必要あるとも思えないけど。
嫌いになる必要も無いかもだけど。
適当に当たり障りないように生きていけば良いじゃんね?
俺ってば物心ついた頃から、家でも外でも一人きりだっな。
別にそれが当たり前だったから、自分を可哀想だなんて思った事も無いんだけどさ。
それより、人ともっと関わりなさいってって言葉の方が違和感どっぷりだわ。
一人で何の問題があるんだか。
パートナーとかいるのか?
1人が楽で良いさ。
今更、ね。
生きて行く上で、どうしても最低限の人との関わり合いは必要なのは身に沁みて思い知ったけども。
俺さ、パーソナルスペース広いから、まじ近寄らないで!
って常に思う。
何で人はこんなに近く寄ってきて平気なんだろうか?
ま、生きていく上でしょうがないから、何とか我慢するけどさ。
俺もさ、歩み寄ろうと前向きにさ、頑張ってみたよ。
努力してみたよ。
家族だらうが、知人だろうがさ。
歩み寄り。
何度も何度もトライしたさ。
どうにもこうにも、上手くいかないんだよね。
どうにもこうにも噛み合わない。
俺はさ、別に引きこもりでも何でもないんだけどさ。
必要以上に人に寄り添っていただきたくないんだわ。
でも、世の人々は親切?
な人が多くてさ、寄り添ってきてくれるんだよね。
その心意気、有り難いと十分思うんだけどさ。
申し訳ないけど、結局、ありがた迷惑なんだよね。
本当申し訳ないけどさ。
心を許すって何なのさ?
別に人間が嫌いとか、人間不信とかでは無いんだけどさ。
寄り添いなどに試みては見るものの、何時も痛い思いするだけなんだよね。
いちいち寄り添う必要性がどうにも謎になっちゃうよね。
俺さ、何の取り柄もないけど、酒と料理は好きだからさ、しがない飲み屋をさ、きっちゃないビルの一部屋借りてやったんだよ。
この仕事なら、そんなに社会に溶け込む必要も少ないかなと思ったしさ。
ま、類は友を呼ぶってやつかな?
程々、やる気のない人間が集まる店になっちゃってさ。
日々、皆んな、あーでもない、こーでもないと愚痴とも言えないほどの小言を酒に飲んでたな。
ま、憂さ晴らしにはなってるようだったからよかったんだろうけどさ。
で、とある女性客がさ、リストカット常習犯でさ。
別に話すと大して病んでるわけでもなさそうなんだけどね。
ま、腕は傷だらけだったけどね。
「えっ、またやっちゃったの?」
なんて、良く聞いてたかな?
ノンアルのお客でさ、いつもトマトジュース。
彼女身長やたら高くてさ、184センチくらいあるかな?
すげく個性的な顔しててさ。
モデルにでもなればさ、世界渡り歩けるんじゃないんかな?
なんていつも思ってたんだけどね。
彼女はさ、それがコンプレックスらしくてね。
いつも前髪で顔隠して、ひっくいパンプス履いててさ。
もう、申し訳なさそうにふるまってんのさ。
いつもさ、レースの手袋つけてんだけどさ。
一度握手したらもの凄い手汗でさ。
「あっ、カモフラージュなのね」
と理解はしたんだけど。
ま、色々あるわな。
俺、彼女に言ったんだよね。
「まだあんた、19とかだろ?」
「ちょっと遅いかもだけど、モデルにでもなりなよ」
ってさ。
だって、ランウェイモデルなんて、個性が最も求められる世界だろ?
本当、いけるんじゃないんかと思ったんだよね。
俺はと言えば凡人そのものだからさ、こんな光った人物見るとやたら応援したくなるんだよね。
押し付けがましいのは百も承知だけどさ。
気付けばさ、どんどんこの子が気になってさ。
俺らしくも無い。
「あれっ?」
「この子に入れ過ぎてんのか?」
なんて思ったが遅かったかも。
俺とした事が、段々とさ、恋とやらをしちまったみたいでさ。
認めたくなくて、毎夜深酒して忘れようとはしたんだけどさ。
だけどさ、その子が店に来るともう浮き足立ってさ。
彼女もさ、人に入れ込むタイプでは無かったみたいだからさ、俺の事なんて何とも思ってなかったんだろうけどさ。
お互い、何処かおんなじ匂いがしたんかもね。
彼女もさ、店に来る頻度増えて行ったし。
店に来る度に、リストカットのチェックと、取り留めない話してさ。
結局、お互い惹かれあっててんだろうよ。
いつもの事ながら、二人で暗い話するのが常になってさ。
それが嫌でも無かったんだけどさ。
ただ、
「彼女、トマトジュースだけで良くもまあ、あんな暗い話に花咲かせれるよな?」
とは思ったけども。
二人であっけらかんとそんな話してたもんだからかな?
で、そのうちさ、
「崖っぷち行ってみたいよね?」
なんて話し始めたんだよね。
別に死にたいわけでもないんだけどさ。
ま、ピクニックだよね。
レジャーシートでもひいてさ、飯食って、酒飲んで
さ。
素敵な音楽でも聴きながらさ。
ダンスでもしてさ。
人が死場所として選ぶ場所でわざわざピクニックしようってさ。
3年くらい、その彼女、うちに通ってくれたかな?
とうとう、いざ、ピクニック行こうってなってさ。
2人でさ、色々、日本中の崖っぷち探して、決めたんだ。
高知にしたんだけどね。
そこにはさ、夕方頃着いてさ、そっから音楽聴きながら、飯食って、酒飲んでさ。
音楽は、彼女のチョイスでモーツァルトニ短調K.626。
鎮魂歌だ。
「ま、雰囲気もしっかり出て良いかな?」
なんて思ったんだけどね。
確かに不思議と場の雰囲気とバッチリ。
大きめのランタン買って行っていたから、そのせいか、雰囲気も抜群でさ。
鎮魂歌聴きながらの夜のピクニックは、何とも言えず良き物だったな。
彼女が作ってくれた、俺の大好物の卵サンドがもう最高で、幾つも食っちまったな。
音楽も終わろうとした時、彼女がさ、
「ね、踊ろうよ?」
「チークダンスなんてどうかしら?」
なんて言うもんだからさ、俺、程よく酔ってて気分も良かったからさ、
「もち!」
ってね。
踊ったよね。
なんて幻想的な場面だったんだろう。
電気屋のポイント溜め込んで、良いポータルブルスピーカー買って行って良かったよ。
最高の音でさ。
きっと、今まで、ここで命を経った魂達も、心休めてくれたんじゃないかと思ったくらいだよ。
それはそれは幻想的な空間でさ。
チーク踊ってさ、雰囲気良くてさ。
「これが人を好きになるって事なのかな?」
「これが人と関係を持つって事なのかな?」
なんて思い始めてたんだけどさ。
チーク踊りながら、これからの二人を想像しちゃってさ。
ひょっとしたら、彼女が俺の人生で唯一出会う人なのかもなんてね。
いつか結婚して、子供でも作ったりして、なんてね。
でもさ、彼女、ちょっとずつ、崖っぷちの方へ俺をリードして行くんだよ。
ま、
「高揚しきちゃってんのかな?」
なんて思ってたりしてただけだったけどさ。
俺はと言えば、高揚し切っちゃっててさ。
彼女のリードにされるがままだったんだ。
そんでもってさ、彼女、俺諸共崖から落ちるよう、リードして来てさ、気付けば二人諸共崖の下だよ。
彼女はというと、即死。
俺はと言うと、全身骨折だらけ、だけど生き延びちまった。
彼女はどう言った意図があったのかは、遺書もないしわかんないけどさ。
即死出来たんだし、一人ぼっちで旅立った訳でもなし。
良いんじゃないかな?
何だか彼女には申し訳ない気持ちもあるけどさ。
折角、誰かと旅立てると思ったのにさ。
結果、一人ぽっちで冷たい海の中になっちまったわけだけださ。
暫くして、彼女のご両親がご挨拶に来て下さってさ。
「最後は、良き夜を誰かと過ごせたかと思うと、これで良かったんじゃ無いかと思ってます」
だってさ。
コミュニケーション能力皆無の娘さんで、ご両親は将来を、さぞ心配なさってたそう。
「だったら、俺が最後に寄り添えたのは良かったかな?」
なんて甘い考え方かもだけど、ご両親もああ言って下さる事だし。
俺のこの先の人生もあるんだし、ずっと罪悪感に苛まれて生きるなんてごめんだしね。
それでも、やっぱ一人ぽっちで旅立った彼女の月命日にはモーツァルトを聴いて献杯してるよ。
もう何年かはそうしてやろうかなと思ってるよ。
本名も知らない女だけどさ。
そんなのどうでも良くてさ。
俺が彼女の事をさ、忘れずにさ、月命日でもさ、モーツァルト聴きたさながら、献杯するのもいい鎮魂してやんのも良いんじゃん?って思ってやまないよ。
END