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デーネルラントのことわざ達

内容

◆コメディ│人情│シュール
◆文字数:約2000文字
◆推定時間:10分

登場人物

◆ロクスケ:ダメそうな亭主
◆ゲンジ:飲み屋のおやっさん

スタート


ロクスケ:「よう、おやっさんやってるかい?」 
ゲンジ:「なんだ、こんな昼間っからやってくるなんて」
ロクスケ:「いつ来たって構わねえだろう? タコでも踏んでたのかい?」 
ゲンジ:「ばかやろう。踏むくらいなら味噌つけて通してやるよ」
ロクスケ:「ははっ、そりゃ、ありがてえ。いつものくれよ」 
ゲンジ:「はいよ、これ食って待ってな」 
ロクスケ:「……なんだいこれ?」 
ゲンジ:「赤ベコの漬物だ」 
ロクスケ:「ええええ! 随分なゲテモンじゃねえか!」 
ゲンジ:「いらねえなら俺のつまみにするぜ」 
ロクスケ:「いらねえなんてことねえけどよ。……わあ、真っ赤」 
ゲンジ:「ほい、ビール。シーサーの唐揚げはちょっと待ってな」 
ロクスケ:「ありがてえ。ビールがあればこちとら河童よ。喉も仏もナイアガラってな……あむっ」 
ゲンジ:「失礼な奴め……」 
ロクスケ:「からうま! 赤ベコって辛いのか、知らなかったぁ」 
ゲンジ:「癖はあるけどな。お通しには確かに向かねえ」 
ロクスケ:「構やしねえさ。こちとら駄菓子屋を蜂の巣にしまってあるんだ」 
ゲンジ:「そうかい。その様子じゃまたカミさんと喧嘩でもしたんだろ」 
ロクスケ:「うるせえ! ……ああ、ごめんごめん。俺のシーサーだよ寄越してくれよお」 
ゲンジ:「はあ、困ったやつだね。あんな美人さん捕まえておいて、あんまりそんな態度とってるとカミさんもエプロン吊るして生け花教室に行っちまうぜ」 
ロクスケ:「まあ、俺も悪いことしたって思っちゃいるけどよお……でも、今日のは……ひどい言い草なんだぜ?」 
ゲンジ:「なんだって?」 
ロクスケ:「豆なんて数えてないで顎で石鹸作るくらいの気概を見せてみろ、だと。風が吹いたって、針金の木には実がならないもんだろうがぁ。できねえことばかり言いやがる」 
ゲンジ:「お前さん随分情けないこと言うなあ」 
ロクスケ:「だって事実じゃねえか」 
ゲンジ:「それを認めちまうから情けねえんだろうが。カミさんだってそんなこと言いたかねえだろうよ。でもな、お前のそんなポテチにガム付けたみたいなカッコ見てスリッパ並べ直してほしかったんじゃねえのか?」 
ロクスケ:「それは……そうかも知んねえけどよ……」 
ゲンジ:「そんなことはっきり言ってくれる女房なんて最近じゃいねえもんだぞ。年上の女房は金の草鞋を履いてでも探せってな」 
ロクスケ:「ん? 何だそりゃ?」 
ゲンジ:「カミさんを大事にしろってことさ。ほら、これを靴べらにスリッパ並べ直しな」 
ロクスケ:「……カピバラシリシリ、あいつの好物だ……。ありがとな、おやっさん。俺、もうちょっと頑張ってみるわ」 
ゲンジ:「ははっ、夫婦喧嘩は犬も食わねえってな」 
ロクスケ:「だからなんだよ、それ」 
ゲンジ:「ガキには早えよ」 
ロクスケ:「ったくよお、ガキ扱いなんて勘弁してくれよ。おやっさんにはブンザエモンくんがいるだろうに(遮る)」 
ゲンジ:「ロクスケ」 
ロクスケ:「あん?」 
ゲンジ:「……悪いが、……もうあいつの名前は出さないでくれ」 
ロクスケ:「はあ? なんでだよ? 先週だってあんなに楽しそうに……(遮る)」 
ゲンジ:「ロクスケ。ハシビロコウだ」 
ロクスケ:「……そんなんじゃ、わかんねえよ」 
ゲンジ:「ロクスケ」 
ロクスケ:「おやっさんからしたら俺はガキなんだろ。いいじゃねえか、干芋をため池に落とすぐらい許して、話してくれよ」 
ゲンジ:「……あいつは、……火影になった」 
ロクスケ:「火影になった!? ブンザエモンくんが!?」 
ゲンジ:「……ああ」 
ロクスケ:「そんなの、何かの間違いだろう?」 
ゲンジ:「いいや。間違いねえ。警察から連絡があって店ぇ飛び出してよ。小汚え部屋に通されて、マッポに連れられたあいつ自身が言ったんだ。唐揚げにレモンかけたってな」 
ロクスケ:「そんな」 
ゲンジ:「俺はな男手一つでブンのやつを育ててきた。足りねえことばっかしだったかもしれねえけれど、便座を四角にすることだけは絶対に許さなかった。こんなことすら伝わらねえやつに俺はパピコを分けてやれねえ」 
ロクスケ:「ゲンさん。コウモリだって泣かずに茶を飲むこともあるだろう」
ゲンジ:「……」 
ロクスケ:「皿を割ってもきゅうりまで、パンダもザリガニに染まるってもんだ。それに、ブンザエモンくんにも何か理由があったんじゃねえのか?」 
ゲンジ:「……俺だって、いつまでもマシュマロで糸引いてばかりいられないんだよ」 
ロクスケ:「そんな言い方…」
ゲンジ:「悪いな。……俺はたくあんで茶漬けは食えねえ」 
ロクスケ:「……ゲンさん。半チャーハンだ」 
ゲンジ:「……あ?」 
ロクスケ:「半チャーハンだって言ったんだよ、あんたは! 鳩がググってポロロッカしようとも、せんべいにコウロギが混ざろうとも、最期までキムチをあえ続けるのが親子丼ってもんだろう!」 
ゲンジ:「知った口利いてんじゃねえぞガキが!」
ロクスケ:「そりゃ知らねえよ! あんたがどんな気持ちでコーラにメントス落としたかなんてな! だけどな。あんた、ブンザエモンくんの名前を聞いただけでそんな辛そうな顔してんじゃねえか」 
ゲンジ:「……ッ」 
ロクスケ:「本当は、後悔してんだろ。おやっさん」 
ゲンジ:「……」 
ロクスケ:「……おやっさん」 
ゲンジ:「釜飯も、桜大根、キリギリス、蟻の貝塚、ゴキジェットプロ(五・七・五・七・七)」 
ロクスケ:「……それ、夏目漱石かい?」
ゲンジ:「いや、ばあちゃんの小言さ。俺も焼きが回ってたのかね。……そういや、ばあちゃんの焼き飯は……美味かったな」 
ロクスケ:「おやっさん……」 
ゲンジ:「ロクスケ、悪かったな。そして、ありがとよ。次、あいつにあったらもう少しマシな言葉かけてやれるように考えてみるさ」
ロクスケ:「へへっ、心配ねえよ。おやっさんは回りくどい言い回しなんてできねえからさ」 
ゲンジ:「うっせえぞ。ほら、選別だ。散々言ってくれたんだ。今日は朱肉が餅になるまで付き合えや」


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