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29歳で脳梗塞になった話 ┈┈ 第16回

7月29日(土)

 点滴の針は4日に一度交換するのが決まりらしい。お陰で私の左腕には既に3つの点滴跡が散らかっている。点滴は基本的に痛くないのだが、手首や腕の筋に打たれると稀に鋭い痛みが続くことがある。6月に入職したてという若い男性看護師のS氏、君に打たれたところがちくちく痛むので、次回までに腕を磨いておくように……。

 朝食が終わるとエコー検査の呼び出しがかかった。エコー検査とは俗に言う超音波検査のことである。レントゲンはX線(放射線)を扱うため少なからず被曝のリスクを伴うが、エコーは超音波を使用するためこうした危険性がないのだという。今回は心臓と頸動脈の状態を検査する。胸に検査機をあてると、モニターに白黒の臓器が映し出された。拍動していることから心臓だと分かる。技師が巧みに機械を操作しながら心臓、頸動脈と記録を終える。結果はいずれも所見なしだった。脳梗塞の原因となる血栓も確認されず年相応の綺麗な状態とのことだが、そうするといよいよ私の脳梗塞は何が原因で発症したのか謎が深まるばかりである。

 検査から戻るとテーブルの上に新しい下着、退院日用の私服と千円札が入った袋が置かれていた。これは楽団の練習に行く前に妻が届けてくれたものだ。入院中に水分を補給する際は、病棟内に唯一ある自動販売機で飲料を購入する必要がある。一応水道水も飲めるが、折角ならば冷えた美味しい水が飲みたい。入院中はお金を使う機会がないようで、幾らか手持ちは必要なのである。

 午後のリハビリはエアロバイクが主だった。ペダルを漕ぎ続けている間、理学療法士と雑談を交わす。彼らは朝8時頃に出勤すると、まずはリハビリ室に集合し、その日の担当患者を割り振る。スケジュールの確認まで終えると9時頃から病棟へ移動し、各自担当患者のリハビリを開始。16時までに8名ほどの患者を診た後、カルテ入力等の事務作業をこなし17時頃に退勤するサイクルだそうだ。理学療法士、作業療法士、言語聴覚士は国家資格である。大学の各学科または専門学校を修了し、国家試験に合格した者だけがその資格を得る。病院配属後は脳外科の他、外科や整形外科等、様々な診療科で経験を積むのだという。ある理学療法士は、職に就いた今でも勉強することは絶えないと言った。どの職種においても自身の仕事に誇りをもち、向上心を忘れず邁進することが大切なのだなと、汗だくでペダルを漕ぎながら感じていた。

 私の向かいの患者は予定通り、昨日リハビリ病院へ転院して行った。それから新たな患者が入ることもなく、病室は心なしかいつもより閑散としている。明日はもともと出場予定だった吹奏楽コンクールの本番の日だ。ふと予定表を見ると、月末までにやるべき仕事をほったらかしにしていたことを思い出した。退院まであと2日。快復の喜びと復職への不安は、微差で不安の方が勝りつつあった。

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