29歳で脳梗塞になった話 ┈┈ 第5回
7月18日(火)─ 2
夕方から始まる「高気圧酸素治療」の説明を看護師から受ける。これは専用の治療器で普段の生活よりも高い気圧をかけ、100%酸素を吸入することで血液中の酸素を増加させ、身体の隅々まで酸素を供給する治療法のことだ。治療中の装置内は高気圧となるため、静電気の起こる危険性があるものや燃えやすいものは持ち込めない。恐らく一瞬で治療器内が火の海になるからであろう。考えただけでも恐ろしい。治療前には専用着と紙パンツに着替える。要はオムツである。およそ20数年ぶりとなるオムツの着用……特に何の感慨も湧いてこない。
時間になると治療室へ案内された。治療室には人一人がすっぽり入る、SFで言うところのコールドスリープのようなカプセルが2台並べて置かれていた。所持品検査の後ストレッチャーへ横になり、上から毛布がかけられるとそのまま治療器の中へと押し込められた。因みに、治療の前には閉所恐怖症でないかを確認される。確かに狭いところが苦手な人は、この空間に入ること自体苦痛でならないだろう。
治療はまず10分かけて治療器内の気圧を上げ、気圧が安定したところで60分維持、その後10分かけて気圧を元に戻すという合計80分間のプログラムとなっている。気圧を上げるとはすなわち飛行機の離着陸時の感覚が10分間続くということである。10分間耳抜きをし続けなければ耳がおかしくなってしまうため、唾を飲み込む、欠伸をする、軽く息を吸いそのまま鼻を摘んで鼻を噛むという3つの動作を絶え間なく行っていく。これが慣れるまでになかなか大変なのだ。加圧が完了すると、後は何もせず横になっているだけの時間を過ごす。勿論寝ていても構わない。治療器内のスピーカーからは、静かなピアノの音楽が流れていた。
60分が経過すると、今度は10分かけてカプセル内を減圧する。このときも耳抜きが必要なのだが、加圧時に比べると些か耳への負担が少ないように感じた。減圧が完了するとカプセルが解放され治療終了となる。この高気圧酸素療法は退院までに10回を要するそうで、この先もほぼ毎日実施されるらしい。私の昼寝力と瞑想力が試される場であることは間違いなさそうだ。
SCUに戻るとベットが移動されていた。これまで入り口脇のベッドを使用していたが、急患が運ばれてきた関係で少し奥のベットに引越しとなったようだ。看護師曰く、この先も同様の理由で昼夜問わずベットの移動が発生するらしい。移動先のベッドは、何とテレビカードなしでもテレビが観られるとのこと!これは有難い。退屈な時間へ彩りを添えてくれる文明の利器に感謝感激である。スマートフォンへ目をやると楽団のメンバーや会社の上司から労りのメッセージが届いていた。突然のことで迷惑をかけているにも関わらず、優しい言葉をかけてくれる皆様方に恐縮至極である。
その後、夕食・点滴と終えて、入院1日目は消灯の時刻を迎えるのであった。