原初の謎-#7 始発駅 【黄昏学園SS】
【1990年11月某日 10:25 宮杜町 五宮神社】
"一緒に、合格祈願に行かない?"
"そう。2人でお出かけするの。黄昏からも離れられるし、息抜きも兼ねて……どうかなーと思って……"
大井の、あの反応。
デートのお誘いだと、一瞬考えた自分を何とか振り払ったが、
その時に、気付いた。
俺は、大井のことを好きだということに。
ただ、気付かないようにしていただけだったのだ。
もし告白したとして。
今、あの電車に乗り込んで、積み上げた関係の全てを失ったら
ーー考えただけで、胸が張り裂けそうだ。
このまま、大井とともに、前に進むか。
それとも、逃げるべきか。
何も決められなかった。
「小田切君……?」
小さく、大井の声が聞こえる。
しまった。
参拝中に、やたらと考え込んでしまった。
「絵馬、買ってくるね」
大井は神社受付に向かっていった。
俺は未だに、自分の運命と感情を、天秤にかけていた。
そもそもだ。
俺だけじゃないはずだ。
大井があの忌まわしい現象に巻き込まれない保証はない。
だとしたら、いっそ、大井に全てを打ち明け、一緒に対策を考えてもらうか
ーーいや、それはまずいだろう。
受験前の受験生に聞かせる話じゃない。ただ動揺させるだけだ。
やはり、俺が自分で何とかするのが最善だ。
どうすればいい。
タクシーでもダメ。
前泊でもダメ。
何度乗ってもダメ。
他に方法はーー
「ねぇ」
突然、横から話しかけられた。俺はそちらに顔を向ける。
「アンタ、あの子のこと好きなんでしょ?なに日和っちゃってんのよ」
真っ白な髪の少女が、そこにいた。
「ここで告らないで逃げるとか、男としてどうなの?そんな奥手なことしてたら、すぐ大井ちゃんがほかの子に捕まっちゃうぞ☆」
「お前!!」
俺はソイツに一瞬手を上げそうになり、ギリギリのところで抑えた。
「暴力はんたーい」
依然として煽るソイツのことを俺は睨みつける。
「……あ、でもそっか、もう3か月くらい経ったら、どのみちアンタとあの子の関係はおしまいなんだったわ。じゃ、告っても告んなくてもまぁ同じか。つまんな。」
「は?」
文句を山ほどぶつけてやりたかった。
だが、次の一言で、文句の数々が頭から消え去った。
「だって、またあの電車に乗って、高校生やり直すんでしょ?高校15年生の小田切さん」
どういうことだ……?
コイツは何故……
「なんで、その事を知っている」
「なーいしょ。続きはアタシに協力しないと教えなーい。」
……そういう話だったか。
協力だかなんだか知らんが、こんな奴の言いなりになる気は毛頭ない。
癪だが、コイツに言われて、改めて理解した。
俺は、
柚子と一緒に過ごした、この3年間を、手放したくないんだ。
すべきことは決まった。
「何、そんな顔しなくたっていいじゃない。ま、黄昏学園16年生にならないように、頑張れ~」
「クソ。俺の気持ちが分かったようなこと言いやがって」
……コイツは結局何者なんだ。
ふざけたことばかり言いやがる。
「あ、アタシはいつでも待ってるわよ。いつでも、ね」
そう言い残して、少女は境内を立ち去った。
入れ違えに、柚子が走ってくる音が聞こえる。
柚子が手に持つ絵馬は一枚だった。
「一枚?」
「うん、一枚」
柚子はゆっくりと、綺麗な字で、願いを書き込んでいった。
「小田切君」
絵馬を書き終えた柚子が、俺に向きなおった。
「ここに、小田切君の名前も書いてくれる?」
……先刻までの俺だったら、ここに名前を書くのを躊躇していたかもしれない。
だが、もう迷う理由は無くなっていた。
俺は名前を堂々と書きこむ。
……必ず、俺はこの地獄から抜け出してみせる。
今年こそはあの電車にも、受験にも勝ってみせる。
絵馬の上に添えられた、紫色の星が、
静かに俺たちを見守っているようだった。
【1991年2月某日 7:00 小田切家】
俺はあの電車から逃れる術を考えていた。
これまでの出来事を振り返って、
気が付いたことがある。
2回目の受験時のことだ。
この電光掲示板に沿って、俺は7:54発の電車に乗った、つもりだった。
しかし、実際に俺が乗った電車は7:52発のもの。
それがハズレだった。
そして、その直後にもう一本、電車がやってきたのだ。
まだだ。
その後の2回の受験も、俺は電車の乗車時刻だけは記録していた。
「7:57」
「8:01」
それと、箱猫駅から持ち帰った、時刻表を比較する。
つまり、ダイアグラムにない時間。
その時間にやってくる電車が、箱猫に帰ってくる電車。
そういうことか。
一つ、手がかりが得られた。
時刻表と1分も違わない電車を探すのだ。
でも、まだ足りない。
もう一つ、手がかりがほしい。
電車に乗らずともわかるような、手がかりがーー
「間もなく、2番線に電車が到着します。危険ですので、黄色い線の内側までお下がりください。」
ふっと、思い出した。先に来た、電車のアナウンス。
後に、もう一本の電車が来ていた。
その時に流れたアナウンスは、
「間もなく、2番のりばに、
7時54分発、
横浜行 普通電車が到着します。
危ないですから、黄色い線の内側までお下がりください。」
……違う。
二つの電車のアナウンスが別物なんだ。
今までの推理を踏まえるなら。
時刻を読み上げているアナウンスが正しい方、のはずだ。
事実を確かめるべく、俺は箱猫駅に向かう。
【同日 12:00 箱猫駅】
「間もなく、1番のりばに、
14時28分発、
静岡行 普通電車が到着します。
危ないですから、黄色い線の内側までお下がりください。」
予想通りだ。
時刻を読み上げるアナウンスが本物。
俺が電車に乗り込んだ時は、偽物のアナウンスが流れていた。、ということだ。
忌々しき電車が、いつ、どうやってやってくるのか、ついにハッキリした。
後は当日、乗らないようにするだけだ。
【1991年2月某日 7:00 箱猫市内】
受験当日。
柚子とは7:30に駅のホームで待ち合わせる約束をしていた。
俺は箱猫駅を目指す。
何もしていないというのに心臓が高鳴っている。
道中、自分の記憶を漁り、
不安を取り除いていく。
再びの模試でつかんだA判定。
学年10位以内をキープし続けた期末テスト。
そして思い出される、
「私、化学とか数学とか、好きかも」
「うん?急にどうした?」
「小田切君と勉強して気づいた。私、こういう論理的?な問題、考えるのが好きかもしれない」
「ちょっと分かる」
「大学に入ったら、もっと勉強して究めてみようかな」
曇り一つない顔で将来を語る、柚子の姿。
そうだ。
負けるわけにはいかないんだ。
策は練った。
この受験は、ここで終わらせる。
俺は箱猫駅に向かった。
箱猫駅の南口に着く。時刻は7:10。
落ち着かなかったからか、だいぶ早く着いてしまった。
俺はサッと、改札を通り過ぎようとする。
「おい、小田切君、ちょっと待ちなさい!」
校長から呼び止められた。
「校長、おはようございます」
「小田切君、受験票は持ったか?」
「え?……当然、持っています」
「よし」
まずい。
6年前にもこの流れで校長から激励を受けて、ダメだったのだ。
それにあのおっさん、4年前にも「お悩み相談室」だの言って、
俺のことを色々聞いてきやがったんだ。
いらねーってのに。
俺はその場から逃げようとした。
「それと、電車の時刻表は確認したか?」
「え?はい、確認しました。」
「よし。間違えないようにするんだぞ。駅についたら必ず、電光掲示板を確認するように。乗り違えたら大変だからな」
「はい」
「それとーー」
校長の話が続き、なかなか解放してもらえない。
じれったいところに、救世主が現れた。
「校長~、今から受験する子の邪魔したらダメでしょ?」
…あの日の、白い髪の女だ。
「また君か、九九」
「何を隠そう、アタシは小田切君のことを応援しに来ました~」
……応援しに来たって、マジかよ。
俺のことを笑いものにしに来てるとしか思っていなかったが…。
「でも小田切君も朝から校長先生に絡まれてかわいそ~、校長先生も少しは手加減したら?ほら、もう他の受験生さんもちらほら見えてきた」
「う……ううむ……そうだな…他の受験生の面倒も見なければ…」
「小田切君が遅刻しちゃったら最悪だしね。というわけで小田切君、受験頑張ってね~!大井ちゃんが待ってるぞ☆」
そう言って、九九は校長を連れて改札前を離れる。
唖然とする校長をよそに、俺は改札を通り抜けた。
駅のホームに降りると、そこで、
大勢の黄昏の会が、俺のことを待ち構えていた。
全員、こちらの方を見ている。
「ようこそ、黄昏学園へ!」
そのうちの一人が、俺に向かって言い放った。
おかしい。
…おかしい。
……おかしい。
俺はまだ電車に乗っていない。
これは何かの間違いだ。
「間もなく、2番線に電車が到着します。危険ですので、黄色い線の内側までお下がりください。」
アナウンスが聞こえ、改札前の電光掲示板を見る。
箱猫行。
箱猫行。
ーー終わった。
時刻表も、電車のアナウンスも、練り上げた策は全て意味がなかった。
もう、俺はーー
「あ……ぁ………あぁあああああぁぁぁぁあああああ!!!!!!」
駅の構内に、俺の奇声が響く。
待ち構えた生徒たちが、俺を電車に引き込んだ。
後のことは、あまり覚えていない。
【1991年3月某日 10:15 箱猫市内】
柚子の家を訪ねた。
ただ、奇跡的に、実は何も起こっていなくて、
柚子は俺のことをちゃんと覚えている。
そんな可能性に縋りたかったんだと、思う。
大井の自宅の前には、
引っ越し業者の車が1台止まっていた。
……それを見て、察した。
大井は来年から東京に引っ越すのだと。
僅かな安堵があった。
彼女に勉強を教えてよかったと、思った。
程なくして。
大きなダンボール箱を抱えて出てきた、彼女と目が合った。
「あ、すみません…。近所の方ですよね?引っ越し作業中でバタバタしてて…。ご迷惑おかけしてます…。」
その一言を聞いて、
俺は大井の元から逃げるように立ち去った。
後には、ただ、大粒の涙がこぼれ続けた。
「クソッ、クソッ……!!」
公園のベンチで、慟哭していた。
3年前からこうなると、分かってたじゃないか。
知ってたんだ。
3年後には全部無駄になるって。
何で期待なんかしてしまったんだ。
何度、続けたところで。
俺の元には、なにも残らないというのにーー
……。
…。
「黄昏学園16年生、おめでとう」
また、白い髪の女が現れた。
あの時と同じく、俺をあざ笑うかのように。
「……だから、アタシに協力しない?って、誘ったじゃん!せっっかく助け舟だしてやったのにねぇ、自分で解決するとか言い出して、それで終わってみたらこのザマだよ!プッ、まぁアタシは別にいいけど」
「離れろ。それ以上騒いだら殴るぞ」
コイツの話すこと全てが癪だ。
殴り殺してやりたい衝動に駆られる。
「それで、今度こそアタシに協力する気になった?」
「いい加減にしろ!!お前に俺の何がわかるってんだよ!?」
俺は声を荒げた。
「大事な人ができた!合格祈願までした!!なのに!!全部なかったことになるんだよ!!今年だけじゃない。3年前も、その3年前も、そのまた3年前も…。俺が何を積み上げようが、全部無駄になるんだよ!!」
俺は一気にまくしたてた。
もう、全てがどうでもよかった。
「お前の協力があろうがどうせ無駄だ。帰ってくれ。俺に変な期待をかけさせるな。」
その言葉を聞いた少女は、思わぬ一言を返した。
「そのアンタにしか、出来ないことがあるんだよ」
「……は?」
「えぇ。"迷宮"と"黄昏の会"に苦しめられ続けた、アンタにしか出来ないこと」
そして少女の口から、全てが語られるーー
「そうか。黄昏の会の正体…。そういうことか。」
ーー数十分前まで、その男は全てを諦めるつもりだった。
しかし今、その男の目には。
溢れんばかりの闘志が、燃え盛っていた。
「最後に一つだけ、聞きたい」
「何?」
「お前、名前はなんていうんだ?」
男は、少女に向けて尋ねる。
「白よ。九九 白」
「珍しい名前だな」
「名づけ親が変わったヤツでね」
九九と呼ばれたその魔女は、沈む夕日を見ながらつぶやいた。
「散々邪魔しやがって。黒田。
アンタの時代は、もう終わりだ」
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