志の輔PARCO
1月7日、吉例の「志の輔らくごinPARCO2025」(PARCO劇場)に足を運ぶ。
祝い花の胡蝶蘭のおびただしい数に圧倒される。
祝い樽の数々、一月らしい、華やいだロビーがPARCO劇場らしい。
「志の輔らくご」は1996年に
旧PARCO劇場でスタートした。2006年以降は毎年、1月に1カ月公演として上演が重ねられてきた。
今年、19年目。
なんと、公演中に400回目を迎えるという。エンタメ史に残る偉業だ。今年はついに、終了時間が未定となっている。
新作落語というより、もはや古典落語と呼ぶにふさわしい「みどりの窓口」から幕が開いた。
チケットレスが増えて、今や「みどりの窓口」は風前の灯だが、まだまだ残して欲しいというまくらから一気に落語の世界へ。
チケットが売り切れなら、国会議員の席を売れと騒ぐおばさんや宮崎に行くまでの途中下車駅がどんどん増えていき混乱する老夫婦。箱の中身をあけて切符をすべて出せなど、理不尽な客のせいで、疲れ果ててしまう駅員が居酒屋では自分がクレーマーになってしまう。
人間の愚かさを見事に描いた名作は色褪せない。
「志の輔らくご」名物の映像コーナーは、インバウンド観光客3千万人のお土産ランキングを「ザ・ベストテン」形式で教えてくれた。
堂々の第一位は「龍角散ダイレクト」。これには客席から「おお」と歓声が上がる。
二席目はこの日のために作られたとびきりの新作落語。
25年前にたまたま、石川県にある宇宙科学博物館コスモアイル羽咋(はくい)多目的ホール(900名収容)で独演会をやった志の輔が、昨年そのホールを訪れると、博物館を作った
高野誠鮮というお坊さんがとんでもない人だった。
スーパー公務員と二足の草鞋をはき52億の博物館を作ったり、限界集落を復活させ、無農薬の神小原米をローマ法王に食べさせた顛末を新作「ローマへのお米」で聴かせてくれた。
落語というより、上質なドキュメンタリーを見ているような不思議な臨場感があった。
ラストで舞台一面に稲穂が広がる美術に息を呑んだ。
恐るべきスーパー公務員がいたものだが、落語に仕立てる志の輔の腕力に感嘆した。前半だけで1時間40分。
仲入り後は、古典落語の「文七元結」。
腕もたち根っからの善人の左官の長兵衛だが、大の博打好き。
家の中は常に火の車で女房お兼と絶えず喧嘩ばかり。
見かねた娘のお久は、吉原に身を売る決意をする。吉原の大店佐野槌の女将は長兵衛を諭し、五十両の金を貸し与える。
来年の大晦日までに借金を返さなければお久を店に出すという。
その帰り道、吾妻橋で身を投げようとしていた鼈甲問屋「近江屋」の奉公人の文七と出くわしてしまう。聞けば、売掛金の五十両をすられたのて、身を投げると。
聞いたからには放ってはおけず、思わず長兵衛は持っていた五十両を文七に投げつける。
文七は泣きながら店に帰ると、五十両は戻っていた。囲碁に夢中になっていた文七が大金を忘れていたのだ。番頭と文七が必死に佐野槌の名前を思い出し、長兵衛の家を見つけてお久を身請けし、大団円に至るという人情噺。志の輔は噺に陶酔せず、情に厚い長兵衛の人間味を全面に押し出した。お涙頂戴にしないところが絶妙。圧巻の60分だった。
桜の襖絵を背景におなじみの松永鉄九郎社中のお囃子に乗せて三本締め。
しめて3時間。
極上の「志の輔らくご」が幕を閉じた。