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お母さんのおにぎり

生き物は、産まれた時から終着駅に向かって歩いている。
穏やかで気持ちよく過ごして、それまでの時間を大切に生きて欲しい。
人生の幕引きには色んな形があっていいと教えてくれた、在宅で出会った方たちと訪問看護師のお話です。

Dさんは、60代の女性、腰痛で近くの整形外科を受診したら、病的骨折の診断で、総合病院に紹介されました。総合病院の検査結果は、膵臓癌による転移性骨折で、肝臓多発転移もわかりました。
化学療法を受けましたが、発熱や食欲不振、足のしびれが出てきました。採血の検査結果で予定の化学療法は中止になり、その後に胃潰瘍による吐下血もあって輸血もしました。

腫瘍の増大による肝不全と、左胸に水がたまって呼吸が苦しくなり酸素を使うようになり、BSCといって、積極的な治療を行わず症状緩和の治療のみを行う選択をしました。

Dさんは、夫を亡くした後、一人暮らしをしていました。都心に住む娘さんがDさんの発病を機に実家に戻り介護にあたっていました。息子さん家族は県内に住まいを構えていて、休日には実家に帰り協力していました。

ケアマネからの依頼で、私たち訪問看護師が会った時は、骨折からくる足の麻痺と吐き気や胃の不快感、倦怠感や足のむくみ、起立性低血圧があって、介護保険で貸与しているベッドに寝ている時間が多くなっていました。


静かに横になっていれば息苦しさはありませんでした。ただ、肝不全による皮膚や眼球が黄色く、だるいのか眼を閉じていることが多くありました。

声をかければ返事があるので、私たち看護師が家に訪問した時は、疲労のないように会話する感じです。
体はしんどい状態だと思いますが「お茶を(看護師に)出して」と娘さんに言って、Dさんは私たち看護師に気遣いをくれました。


最初は点滴をしていましたが、むくみと吐き気が増えてしまい、Dさんと相談して中止しました。


余分な水分が入らなくなったからか、苦しさは減って目を開けている時間も増えました。

ただ、状況の厳しさは続いています。今から数日中に起こると予測される症状の変化は娘さんに伝えられました。


娘さんは「もう一度、お母さんの おにぎりを食べたい」と思いを告げてくれました。
それを伝えられたDさんは静かに頷きました。

私たち看護師は、親子の思い出の味は大切にして欲しいと、この目標が叶うことを祈りました。

その反面、いつ何が起こってもおかしくない状況なので『今できること』を娘さんと共有して、体の変化が起こったら、どう対応するかを確認しました。

今できることとして、手や足を家族の手でさすると、誰が触っているかちゃんと感覚として伝わること、家族の思い出話をして欲しいことも伝えました。

これは、家族にしかできない手当です。

        *

夜間に吐き気と胃の不快感があって、吐き気止めの座薬を使って一旦症状は良くなりました。

翌朝は娘さんの希望で私たち看護師は緊急訪問しました。

娘さんは状態が一段階悪くなっていると認識していました。

それは正しい判断だったようです。

その翌日は体温が低く、脈は触れず、呼吸に変化がありました。私たち看護師は、今起こっている変化は、意識の低下、手足が青白くなって体の血の巡りが悪い状況だと、娘さんと認識しました。

娘さんはDさんに話しかけながら手や足をさすりました。連絡を受けた息子さん家族も到着して、家族がベッドを囲んで声をかける中、Dさんは旅立ちました。

おにぎりを作ることは叶いませんでしたが、して欲しいことを伝えられたことは、Dさんと娘さんにとって大きなことだったように思います。
親として、子供に頼られ必要とされていることを感じたのではないでしょうか。子供は、親に甘えられる関係であることを示すことができたのではないでしょうか。

どんなおにぎりが定番だったのか。
具材は?形は三角?俵型?海苔で巻いたものや焼きおにぎりなど、家庭によって違いがあるのだと思うと、娘さんが食べたかった おにぎりがどんなだったか想像しました。

おにぎりは、母の愛情が伝わります。



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