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長生きできる人
100歳のAさんは、腸閉塞でお腹の手術をしてから歩く力が無くなって、リハビリ転院しました。転院先で、閉じたはずのお腹の傷が膿んでしまって、手当が必要だけれど、横に介助者が付き添って歩行器を使えば歩くことができるといいます。
傷の手当の方法が定まって退院が決まりました。
家では、私たち訪問看護師が関わることになりました。
初めて会った日のこと、ベッドに退院したばかりのAさんの姿がありません。
隣の部屋で白髪の男女数人が座布団に座っていました。
その方たちは、年頃だけでなく、顔も背格好も似ていて、大きな声で談笑していました。
敬老の日が過ぎてすぐの退院だったので、兄弟姉妹が100歳のお祝いをするために集まっていました。
同居している娘さんと傷の手当や薬の確認をしながら、私たち看護師は、どの方がAさんだろう?と様子を伺いました。
耳が遠いとは聞いていましたが・・・
娘さんが大声で「おばあちゃん」と呼んだら、その声に会話がピタッと止まり、皆さん一斉に振り向きました。
その中の一人が立ち上がって、歩いて移動してきました。
お腹に傷があって、歩行器を介助で歩いている100歳の女性と聞いていたので、驚きました。
「一人で歩いている・・・」
Aさんの生家は自営業をしていて、亡くなったご主人は働いていた職人さんで、一人娘だったDさんの所に婿入りしたそうです。
今は、同じく一人娘とお婿さんが家業を継いでいるけれど、結構な歳まで仕事を手伝っていたそう。
入院前は、食べ終わった食器は、お盆に載せて台所に片付けて、身の回りのことはできていました。
100歳とは思えない身体能力を持つ方です。
*
週1回の訪問看護が始まりました。
その中で、ピンポンするとAさんが玄関を開けてくれた日がありました。
娘さんが、訪問時間に仕事から戻れず居なかったのです。
Aさんは、私たち看護師が誰なのかわからない様子で、「どちら様ですか」と難しい顔をしました。
私たちは、「看護師です。お腹の傷の手当に来ました」と説明しましたが、Aさんの難しい顔は、ますます曇ります。
入院した経緯を説明しても、入院はしていないし、お腹に傷はないと言います。
玄関先でやり取りしていたら、娘さんが帰宅して事なきを得ました。
家に帰って慣れた環境に身を置くことで、元の身体能力を取り戻し、来客にも対応しているのです。
娘さんによると気が付かないうちに、食器の片付けもしているし、トイレも一人で行ってしまうそう。
退院の時に準備されたレンタルの歩行器は、早々に返されました。
退院の際に、腸閉塞は繰り返すことがあると聞いて、娘さんは心配していましたが、確認したくてAさんに聞いても、食器は片付けていないと言うし、排泄状況もわからない、数分前のことは覚えていないようです。
目安になる食事や排泄の情報を得ることは難しかったので、訪問看護師は、お腹の動いている音や張り具合をみました。
娘さんには、吐き気や食欲を気にしてもらうようにして、お腹の動きが滞っていない判断をすることにしました。
*
訪問看護開始から半年近く経って、傷はすっかり良くなりました。
腸閉塞の再発もなく落ち着いてきた頃に、娘婿さんの病気が進んで、デイサービスとショートステイの利用が中心となりました。
月に1回の訪問看護になって、2年が過ぎました。
家業は孫夫婦が手伝うようになり、私たち看護師が訪問すると娘さんは家にいて必ず玄関を開けてくれます。それでも忙しく家の中を動いています。
体調のことを話している間に、娘さんが部屋を出たことがありました。
Aさんは席を立った娘の代わりに、私たち看護師に気をつかって、話しかけてくれました。
Aさん「他にも私みたいな年寄りの所に行くの?」
看護師「ええ、100歳超えている方もいますよ」
その頃、Aさんの他に101歳の方にも訪問していましたので、そう答えました。
Aさん「100歳過ぎて長生きだねぇ」
「一番歳が大きい人は何歳?」
看護師「102歳ですよ」
Aさん「102歳は大きいねぇ」他人事のように、驚きました。
看護師 心の声「いぇいぇ、102歳はAさんですよ。」
ケアマネさんにこのエピソードを伝えたら、デイサービスでも90歳と言うそうです。
年齢は若返るばかりで翌年103歳になったら、70歳代の日もあるようです。
長生きできる方は、何かが違います。
楽しむ力があります。
忘れることが多くても、周りにいる人が言葉を否定せずに、その人を肯定しているので、忘れてしまう現実を悔やむことなく、他人と関わることができます。
楽しむ心が、周りをそうさせてくれます。