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ノケモノの地下城 27【長編小説】
私たちが借りた足湯は、湧き水を沸かしたものだったらしい。
父はどこの湧き水か訊ね、番台さんは経営者に掛け合って、水を運んでくる業者の連絡先を教えてくれた。治癒の水。父と母はそう呼んで、毎週業者から水を取り寄せた。病院の先生も驚いていた。足の再検査が行われたが、よくなった理由は分からなかった。ただ、あの水に足を浸すだけでよくなる。浸さなければ、一週間ほどでまた元に戻ってゆく。
業者から定期的に水を取り寄せるようになって数ヶ月たったある日、篠崎と名乗る人が家を訪ねてきた。父とその人が玄関で話しているのを、私もこっそり隣の部屋で聞いていた。その人は業者に水を提供している会社の代表だという。水の採取量が減ってきており、業者との契約解除を進めていた。そこで、あなた方家族のことを聞いた。足の悪い娘さんがいて、水がなければすぐに歩けなくなってしまうらしいと聞いている。私たちは薄利多売の商売をしてきたが、水の採取量も少なくなってきたことだし、今後は高価なものを少量売る形態に変えたい。そこで、水に付加価値をつけたいと思っている。水を無料提供する代わりに、娘さんにモニターになってもらえないだろうか。もちろん、モニターになってもらうバイト料も支払うといった。
父が少し考えさせて欲しいことと、モニターとは何をするのか書面で渡して欲しい旨を伝えると、男の人は了承して、その日は帰っていった。夜、家族会議が開かれた。母も私もモニターになっていいと言った。これまでお金のかかっていた水が無料になる上にバイト料まで貰えるなんてラッキーだと思った。父も水の重要性は分かっているので、基本的には賛成だと言った。ただ、あの篠崎という男の人はどことなく陰があるのが気になるとも言った。
話し合いの末、翌週にはモニターになる契約をした。
そして、あの事件が起きた。
私は、少しの足の自由と引き換えに両親を失った。足の償いのために、私は「龍の衣」になった。
(続く)
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