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ノケモノの地下城 22【長編小説】
二時間ほど待っただろうか。洞に来たのは、たぬきの面をつけた男だった。
「爺さん、誰を呼んだんだ」
耕造は、目の前のたぬき男を訝《いぶか》しむ。
「説明はあとだ。おい、急げ」
男は、分かっていますよと言って、持っていた大きな袋の中から針金を取り出した。男は牢の錠をいとも簡単に開けると、中に入り、右から左へ岩壁つたいに耳を当てていった。あるところまで来ると、手招きされた。罪人はすぐに男の隣に行ったが、耕造は岩の上に腰をかけたままでいた。しつこく、男が手招きする。
「何だ」
「いえ、そこ危ないのでね」
そう言って男は、今度はつるはしを取り出すと、壁に振り下ろし始めた。
「何なんだ」
耕造の問いには答えず、男は何度もつるはしを振り下ろす。岩壁だと思っていたところは、ぼろぼろと崩れ落ち、穴が空いた。男がその穴に手を突っ込み、ロープの様なものを引っ張りだすと、先ほどまで耕造が腰をかけていた岩が、ぼこりと浮き上がり、その先にはひと一人が通れるほどの穴が見えた。耕造は目を見張った。
「おい、こんな抜け道をいつ作った」
罪人が笑う。
「ここに入れられてからというもの、毎日暇だったんでなぁ。お前、わしがあの線香を使ったのを見て、抜け道があるのは想像できただろう」
「それは……」
洞の暮らしの中で編み出された知恵。洞を使う人間の一部、特に爺どもの世代は、地図の代わりに、携帯電話の代わりに、煙を使う。煙の流れは空気の流れ、それは地下水脈の流れとも一致し、いつぞ終《つい》えるかわからぬ灯りや電波よりも確実に目的地へ誘ってくれ、信頼されていた。そして、それは使う場所により緊急信号にもなる。火のないところに煙はたたぬ。使われていないはずの場所からの煙は何事か起こった証拠、もしくは合図。たしかに、知っていた。だが、それを利用して抜け道など簡単に造れるはずがない。一人では……。
「さ、行くぞ」
黙っている耕造を尻目に、罪人と男は抜け道にするりと入ってゆく。耕造もついていった。
腹這いで十数メートルすすむと、急に空間が開け、立って進める洞が現れた。
耕造は、先に立ち上がって腰を撫でている罪人に話しかけた。
「爺さん、そろそろその男が誰なのか教えてくれ」
罪人は膝の土を払いながら聞く。
「お前、努からのあれには何が書いてあった?」
「あれには、篠崎と蔵谷に裏切り者がいるとな……、書いてあった。だから、その両家とは別の、中立性を保てそうなあんたにあれを託したんだろう」
耕造は、ある部分を伏せて話した。
「そうか。じゃあお前、こいつも中立性とやらを保ってるやつだと思わんか。それでいて、洞のことを知っている」
まさか……。地下水脈の守護を命じられた三つの家。篠崎家と蔵谷家以外の……。
「あんたが、衣《ころも》の管理人か」
男が、たぬきの面を額にずらす。にやりと笑って、手をだしてきた。握手する。
「はじめまして、衣川寛文《ころもがわひろふみ》です」
こいつが……。
(続く)
この作品は小説投稿サイトエブリスタに載せていたものです。