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ノケモノの地下城 23【長編小説】
爪弾かれて落ちた先は、冷たい水が滴《したた》る暗い洞だった。私は尻餅をつき、大事な尻尾を濡らしてしまっていた。私はたぬきの体のようだった。時折、ボーンと鐘の音が響く。尾っぽの毛を前に回し、舌で繕《つくろ》いながら、とぼとぼと進む。
「早く、早く」
前を歩くキツネと猿に急かされる。キツネと猿は、無神経にも自分の尾っぽが濡れていることなど気にせず先を急ぐ。
「こんな暗闇で走れるもんか」
私は文句をいった。
「あ、見て。光ってる」
キツネと猿が叫んだ。
目を凝らして前を見つめる。明滅する何かが見えた。
「何だ?」
またもキツネと猿が叫ぶ。
「バケモノだっ」
八つの光りの点が、恐ろしい速度で近づいてくる。逃げなきゃ。
「こっちだっ」
キツネと猿が私を呼ぶ。
「この抜け穴から逃げよう」
洞より暗い穴が口を開いていた。キツネと猿が次々に飛び込む。こんな穴に飛び込むのか。足がすくむ。でも、もう背後までバケモノが迫っている。
意を決して、私は穴に飛び込んだ。
目を開けると、真っ白な壁が見えた。腕には点滴のチューブがつながっている。
ああ、まずい。変な夢見た。
「幸人さん、大丈夫ですか?」
横を向くと、秀ちゃんがいた。
「俺、倒れた?」
秀ちゃんは、はい、とうなずく。
点滴の針が気持ち悪かった。昔から注射針が苦手だった。そちらを見ないよう、起き上がる。
「倒れたときに熱もあって、ともと二人でこの病院に担ぎ込んだんですけど、軽い熱中症だそうです。点滴終わって、具合悪くないなら帰ってもいいって」
「分かった。これあとどのくらいかな」
点滴バックだけを見るように顔を上げる。点滴液はもうほとんど残っていない。
「それで、あの……」
秀ちゃんが申し訳なさそうにいう。
「ああ、地図が盗まれたんだよな。早く父さんに知らせないと。ともはどうした?」
「それが、幸人さんをここに運びこんだあと、とものお姉さんから電話があって出ていったっきり……」
あいつ、人には連絡つかないって文句言ってたくせに。
「よし。ともは後だ。俺は父さんに連絡するから」
「あの、もちろんすぐに幸人さんの家にも連絡したんですが、誰もいないみたいで。私もお父さんと連絡つかなくて」
「誰もいない? 秀ちゃんのお父さんとも連絡取れないっていったい……。じゃあそもそも、龍の地図が盗まれたのは誰からの情報?」
龍の地図は、キツネの洞に保管してあるものだ。洞そのものは篠崎家が番をしているが、管理はキツネか猿の一族がしているはずだと聞いているが。
「連絡はキツネの使いの人が。それから、これ見てください」
差し出されたのは、赤い矢印が書きこまれた、一枚の空撮写真だった。県南部から北部へ向かって見下ろした……。
「この赤い矢印は……」
衣川先生の古地図に描かれていた川と似ている。
「気づきました? 家で保管している古地図目録から出てきたんです。ともが、依頼されたあの古地図の調べものをしているときに。その赤矢印、センサーフィッシュの群れを示しているそうです」
「センサーフィッシュの?」
センサーフィッシュは、洞の毒である「銀色金属」に反応する魚だ。その特性を知った篠崎家の先祖が、今日まで地下水脈で飼い続けている。
「センサーフィッシュの群れと古地図の川が一致しているのか?」
「はい。でも、古地図の川と地下水脈は一致していません」
「じゃあ、センサーフィッシュはどこを泳いでいるんだ」
「ともは、キツネの抜け穴かも知れないって言ってました」
「キツネの抜け穴?」
「その穴のことは、私も知らなくて。だからともに説明してもらいたかったんですけど、電話があってから戻らなくて」
それで、今の状況か。ともを待った方がいいか?点滴バックを見上げると、液はもうなくなっていた。
「ここにいてもしょうがない。事務所でともを待とう」
幸人はナースコールのボタンを押した。
(続く)
この作品は小説投稿サイトエブリスタに載せていたものです。