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ノケモノの地下城 39【長編小説】

出田秀の父、出田義信は語る。
キツネと猿とたぬきの密約を。犠牲にした人の命を。
「二十五年前の話だ……」

一族の者はみな困り果てていた。
後継者が現れない。龍の衣となる人間が生まれない。このままでは、地下水脈を守れない。
「何か妙案のある者はいないか」
篠崎の当主がぐるりと見回す。みな、疲れた顔をして俯いている。と、一人、衣川の当主が一言。
「網、を張ろうかと思う」
緊張が走った。網とな、網とな。下を向いていた者たちが急にさえずりだす。衣川の当主は、さえずりを一喝するようにもう一度言う。
「網、だ。この窮地を脱するには、血の繋がらぬ者でも、龍の衣となれるものなら、選り好みをしている場合ではない」
蔵谷の当主が口を開く。
「網に上手く龍の衣がかかったとして、どう説得なさるおつもり」
固唾を飲んで見守るその他のたぬき、キツネ、猿。
衣川の当主はニヤリと笑った。
「簡単なことよ。銭だ」
篠崎の当主が拍手をした。
蔵谷の当主は難色を示したが、たぬきたちの取り決めがあったので、意見を覆すことができなかった。たぬきの取り決めとは、多数決だ。実に単純明快。篠崎家、衣川家、蔵谷家の三家のたぬきが多数決により物事を決定する。キツネと猿は見守るだけ。
網は、すぐに設置され始めた。県下十ヶ所、まずは中心街からだった。地下水脈の毒水、龍の衣ならば反応がある濃度で、足湯として解放された。奇跡的にも、一番目の網に娘がかかった。年端もゆかぬ、足の不自由な娘だった。毒水により、足の病は中和された。娘の足が、龍の衣だった。あの足は、水をろ過する浄化装置だ。すぐ、篠崎の家の者が派遣された。そして、娘を卑怯な手段で手に入れた。
龍の衣は、ろ過した毒を身の内に溜める。その濃度が高くなれば、皮膚を通して外部へ拡散される。皮膚は、毎日生まれ変わる。古い皮膚は、硬くなり剥がれ落ちる。龍のウロコのように。そのウロコが、粉となり、舞い、まわりの者を殺す。娘の足が良くなるほどに、娘の父母は毒に侵され、ついには許容量を超え、亡くなった。
父母が亡くなったあと、衣川の当主が娘を引き取った。このとき娘は、自身が龍の衣だとまだ知らないはずだった。
キツネと猿の報告で娘のことを知った蔵谷の当主が、篠崎家と衣川家に激怒し、娘を引き離そうとした。でも、娘がそれを拒否した。蔵谷の当主は、娘の体のこと、父母の亡くなった理由を説明したが、娘の意思は変わらなかった。娘は、このまま衣川家の者として生きてゆくと言った。その代わり、子を産む役目はあなたに、と。毒を溜めた足のままで子を産めば、父母のようになってしまうかもしれない。でも、あなた方は龍の衣の子孫が欲しいのでしょう。父母のことは私自身で片をつけます。私の遺伝子が必要なら卵子提供します。だから、子どもを育てるゆりかごとなるのは、毒の溜まってないあなたに。

(続く)



これより先はnote初公開です。前話までが小説投稿サイトエブリスタで公開していたものです。

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