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ノケモノの地下城 33【長編小説】
嘉島湧水池《かしまゆうすいち》地下の洞に、ガチャリという音が響いた。
篠崎努が音の方を見ると、右手に手錠がかけられていた。
山崎広一に、砧屋《きぬたや》の布が入った包みを取り上げられ、すぐさま左手にも手錠がかけられる。衣川洋子が持ってきた布。龍の衣。この計画の要。それを……。
努は理解した。こいつっ。
「こ、の、裏切り者がぁっ」
化け物のように顔を歪ませ、努は叫んだ。
「お前が言うな」
山崎は吐き捨てるように言うと、岩陰からするりと現れた清藤亜紀のとなりに立ち、包みを渡した。亜紀が中身を確認する。
「大丈夫ね。お疲れ様、山崎さん」
「こいつはどうします?」
「俺が連れていく」
努は目を見開いた。蔵谷博人が亜紀のとなりの、岩陰で暗くなっているところに立っていた。博人が近づいてくる。眼前に手がのびてくる。
気づいた。遅かった。そうか、山崎がスパイだったか。そして、清藤亜紀が、地下の洞に網を張るセンサーフィッシュだった。俺は、まんまと引っかかった間抜け、網を通り抜けられない汚れ。美しい水とともに流れることを許されないノケモノ……。
目を閉じた。と、何か強い香りがただよってきた。お香のような……。
「博人、待て」
葉巻を咥えた男が現れた。蔵谷峰彦だった。
「何で」
博人、亜紀、山崎の三人に動揺の色が浮かぶ。峰彦はぐるりと洞を見回すと、一言、衣川洋子はどこだ、といった。
博人が答える。
「は、言うわけないだろ親父」
「そうか、まあかまわん。が、努は置いてけ」
「は?」
博人と峰彦の間に緊張が走る。
「亜紀、山崎さんと先に行ってろ。話がすんだらすぐ行く」
亜紀はうなずくと同時に山崎と走り出した。龍の衣を持って。
峰彦は葉巻の煙を吐き出しながら言った。
「博人、やっぱりお前じゃ蔵谷の仕事はできんな」
「だまれ」
博人は絞り出すように言った。脳裏には、あの日の記憶がよみがえってきた。
(続く)
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