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ノケモノの地下城 37【長編小説】

蔵谷博人は、怒りに震える手で車のハンドルを握りしめていた。
「クソ爺どもが」
嘉島の洞から飛び出し、江津湖へ向かっていた。
亜紀たちを先に逃がしたのは間違いだった。亜紀たちは、キツネにしか分からない抜け道を使って江津湖へ向かっているはずだ。車を走らせれば先回りできるだろうが、どの洞道から出てくるかが分からない。
親父も衣川も罪人も、爺どもは何で俺の邪魔をしやがる。特にあの罪人め。俺があいつの牢へ行ったとき、すでに親父たちと繋がってやがったな。篠崎努の居場所を知らぬふりして、罪人にカマをかけたのも間違いだった。罪人が誰と繋がっているか見極めるために篠崎努の名を口にしたのに、一切、罪人の目から情報を読み取れなかった。亜紀に言わせた龍の地図の名にも反応していなかった。だからこそ、計画を進める際ネックになる罪人には何の情報も入ってないと安心したのに、甘かった。地下水脈を仕切る三家の誰もが、事情を知りつつ中立な立場の罪人を利用しないわけがない。クソ、クソ。俺が亜紀と行動していたことが筒抜けになっただけじゃないか。それに、衣川洋子。親父と衣川の爺が繋がっていた以上、あれも信用できない。衣川洋子が嘘をついていなかったとしても、あれ自身が衣川の爺に騙されている可能性がある。龍の衣もフェイクの可能性が高い。
篠崎努も、篠崎の爺どもの操り人形だ。篠崎の爺どもは、努を俺の計画の駒にしろと言ってきたが、大した役には立たなかった。嘉島の洞から出る毒水のコントロールに長けているから、龍の衣が手に入るまでのつなぎとして使ったが、あんなやつを使うのはリスクが大き過ぎた。結局、親父のところに置いてきちまった。純朴で馬鹿な努は、こうなった今もまだ、水はみんな平等に得るべきだと、そうなるために行動するのが当たり前だと思っているのだろうか。そういう思考になるよう、爺どもに誘導されたと夢にも思ってないのだろうか。
博人は、深いため息をついた。信号が黄色になり、車のスピードを落とした。赤に変わる。ハンドルに頭を突っ伏し腕時計を見ると、日付が変わりそうな時間だった。もう何日もまともに睡眠をとっていない。幸人が帰ってきた次の日から車中泊している。今日もきっと眠れないだろう。でも、そんな些細なことはどうでもいい。
顔を上げると、信号が青に変わった。洞の川で泳ぐセンサーフィッシュが脳裏に浮かんだ。あの赤くなったセンサーフィッシュが青に戻ることはもうない。
俺は、亜紀と幸人さえこのしがらみから救いだせれば、それでいいんだ。

(続く)


この作品は小説投稿サイトエブリスタに載せていたものです。

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