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ノケモノの地下城 36【長編小説】

着信音が響いた。
篠崎努は、ズボンのポケットから携帯電話を取り出す。蔵谷峰彦と蔵谷博人は見合ったまま動かない。
「はい。どちらさま」
ーー出田です。
出田秀からだった。
ーーともと幸人さんから地図を奪ってきました。どうしたらいいですか。
「今どこ」
ーー事務所から出て五分くらいの細い路地に……。
「タクシーに乗って、俺が前教えた場所に行くんだ」
ーーはい。
電話を切った。蔵谷親子を交互に見る。先に口を開いたのは、蔵谷峰彦だった。
「博人、江津湖の洞には衣川と篠崎の親父、それから罪人も向かってるぞ」
「は? 何で……」
瞬間、博人は理解した。父は、衣川と通じていたのか。篠崎努にかまっている場合じゃない。
後ろを振り返ろうとしたその時、父が言った。
「この手錠の鍵を置いていけ。そしたら俺はお前を追わない」
父は篠崎努の手錠を指差していた。
舌打ちをし、父に鍵を投げると同時に駆け出した。
ーー亜紀が捕まる。急がなければ。

蔵谷博人の姿が見えなくなると、蔵谷峰彦は篠崎努の前に屈み、条件をだした。
「質問に答えてくれ。そしたら手錠をはずす」
努は黙って頷《うなず》いた。
蔵谷峰彦に問われる。
「さっきの電話は?」
「出田秀からだ」
「内容は? 細かくな」
「俺の指示で動いてもらっていた。蔵谷幸人と清藤朋広を江津湖の洞まで誘導させたあと、地図を奪わせて、俺が使っていた潜伏先に向かわせた。それより、衣川と俺の親父と罪人が江津湖に向かってるってどういうことだ」
「質問に答えたら話す。幸人と清藤朋広を江津湖の洞に誘導した理由は? お前の目的は何だ。龍の地図を奪い、毒水を染み出させた理由は」
「龍の地図を奪った? 俺が?」
「龍の地図とその番人、そしてお前が同時に消えた。お前が奪ったんじゃないのか」
「待て、違う。地図は番人の、というか地図の管理をしている、出田秀の親父だが、そいつから預かったんだ。毒水を染み出させたのは、河部との取引を中断させ、蔵谷家と篠崎家が水を独占するのを阻止するためだ。蔵谷幸人と清藤朋広を江津湖の洞へ誘導したのは、あの二人の兄と姉の指示だ」
「蔵谷と篠崎で水の独占だと?」
「俺は、俺の水脈解放計画に対抗する河部、蔵谷、篠崎と交渉するために、この嘉島の洞で毒水の調整をしていたんだ」
「蔵谷と篠崎で水を独占するなんて話、誰が言った? しかもお前の水脈解放計画とやらも初耳だ」
「独占の話は、爺様たちから聞いた。でも誰がその独占の計画を主導しているか分からなかった。裏切り者がいるとも聞いた。爺様たちは、出田の親父、清藤亜紀、山崎広一、蔵谷博人は信用できるからと言って俺に紹介した。俺の親父はその中に入ってなかった。そして、清藤亜紀と蔵谷博人が、毒水の調整に必要な衣を、衣川洋子を通じて手に入れ、さっき受けとるはずだったんだ。でも、今このざまだ。こうなったら、蔵谷幸人と清藤朋広のことはどうでもいい。出田秀も俺の潜伏先に向かわせたが、もう、親父のところに帰してやらないと……」
そこまで一気に話すと、努は下を向いた。
「他にここの計画を知ってるのはいるか?」
「たぶん親父」
「たぶん? お前の親父は名前が入ってなかったんじゃないのか」
「爺様たちの言葉も、少し疑ってた。百パーセント信用してたわけじゃない。だから、罪人に、親父が俺を探してきたら渡してもらうよう、細工した数珠を預けた。たぶんてのは、罪人とコンタクトをそれ以降とってないからだ」
「罪人に預けた理由は」
「罪人なら、しがらみがない」
蔵谷峰彦は、ふうと息をついた。幸人が帰ってくる前日の、妻との会話がよみがえってくる。
ーー幸人が帰ってきたら、地下水脈のろ過を始めましょうか。
ーー衣川と動けということか?
ーーええ。罪人には、篠崎と行動してもらいます。私は、菊池様の末裔を迎えに行きます。
篠崎努を見た。この篠崎の倅《せがれ》の行動も、全て彼女の思惑通りなのだろうか。蔵谷峰彦は、篠崎努の手錠に鍵をさしながら言った。
「さっきのお前の質問に答える。お前の親父と衣川と、罪人が一緒に行動しているのは、蔵谷の当主が、篠崎家の膿を出すよう罪人に命じたからだ」
篠崎努は、手錠の外れた手首をさすりながら聞き返した。
「篠崎家の膿? 蔵谷の当主ってあなただろう」
「……俺は代理だ。蔵谷の当主は、妻の美陽《みよう》だ」

(続く)


この作品は小説投稿サイトエブリスタに載せていたものです。

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