【小説】宇宙うさぎ25
翌日の夜、私はオケラを肩にのせて満月とミラーハウスで話をした。
「なあ満月、ひとつ気になってるんだけど」
満月はこちらを見ずに何だ、と言った。
「カンガルーの言ってた園長殿ってなんだったんだろうな」
夢で見たあの少年、少年のころの園長殿。ガラスのカケラを持っていた。あれは宇宙うさぎの目玉だった。でも満月のモノではない。満月の目玉はまず地球うさぎの五十六がイカサマで奪った。その後、産山うさぎのトビキチに説教されて返したから、一つはそのトビキチからダイコク編集長へ、もう一つは五十六がカンガルーへ渡した。カンガルーの話だと、園長殿も飛千里の目玉を持っていたというが、いったい誰の目玉だったというのか。
「何故、飛千里の目玉を持ってたんだろう」
「俺より昔に賭け事で目玉をとられた宇宙うさぎがいたんだろう」
あまりにもさっぱりした答えだった。
「宇宙うさぎって賭け事弱いの?」
「黙れ。賭け事は、最後に勝てばいいんだ」
「勝てそう?」
「もう勝っただろう」
そう言って私を指さす満月。
「今のお前と出会えた」
私は首をかしげた。
「今の?」
「そうだ。お前はいつもドジ踏んでうまくいかないことがあった。今回は上手くいった」
「何の話だよ」
「あれを見ろ」
一枚のガラスを指さす満月。そのガラス一枚隔てた先には、私に似た背格好の男がおり、灰色のうさぎとしゃべっていた。時折、灰色のうさぎが怒ったように跳ね、男はなだめるそぶりを見せる。男と灰色うさぎの会話が少し聞こえた。
ーー俺のチモ草をダンボールの山からさっさと出せ
ーーすぐ出すから。悪かったよ。大変な時期に引っ越しなんかして。
男と灰色うさぎのいる部屋は古そうな和室で、狭く、ダンボールが積みあがっており、家具も安そうなものだった。
自分の姿とそっくりの人間。
困惑して振り向くと、満月は言い放った。
「これが向こうの世界でのお前だ」
「向こうって……?」
「世界は何重にもあって並行って言っただろ。世界にはたった一人の自分だけがいるなんて考えはおこがましいぞ」
「そっくりさん……とは違うんだよな……」
「違う。並行世界のお前だ」
「……なんだか冴えないな」
「大して変わらん。でも一つだけ違う」
「何」
「今回のお前はラッキーだった」
「偶然かよ」
「偶然を引き当てるのも大変だ。でも結果、みんなを救えそうだ」
みんなの中に私は含まれているのだろうか。いや、含まれていなくても私は私の能力で好きに生きていけるのでは?
満月が私の心を見透かしたように言う。
「お前、自分が書いた新しい物語の中でやり直したら何もかもいいように転ぶと思ってるだろう」
ーーまったくその通り。
「そんなわけあるか」
「ちぇ」
満月がミラーハウスを出て歩き出したので、私はその後ろをとぼとぼとついていく。肩のオケラが、同情するようにボソリと例の言葉を言った。
「お前の人生、掘り掘り」
人生、掘り掘り……。この沼地か砂漠か分からないが、底の見えない先々の人生を、私はずっと掘り掘りするしかないのか。ああ、神様仏様、なんとか、なんとかならないか。
すると満月がまた私の思考を見透かすように言った。
「神に祈っても幸福はないし、仏を拝んでも救いはない」
何だそれ。
「地獄かよ」
満月は、そうだ、と返事しただけだった。私は怒りが湧いてきた。
「いけ好かない。みんなみんな、老若男女、うさぎもオケラもおたまじゃくしもいけ好かない。こんな能力があるのに……、こんな能力がいけ好かない」
一呼吸置いた。
「自分の人生もいけ好かない」
自分の行動の結果なのに。いい年こいて駄々こねて。でも、いけ好かないもんはいけ好かない。それで……。
「でも、出会いには有り難いと思うよ……」
ダイコク編集長、玉寺人事部長、オケラ、カンガルー、天女様。それから満月。彼らと出会えた人生は、いけ好かないが、特別だ。特別に大切な有り難い経験だ。きっとそうだ。
「じゃあ、上等な人生じゃねえか」
満月が笑った。
続く
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