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ノケモノの地下城 16【長編小説】
茶臼山の千葉城跡の横、草木が茂る小道をぬけた先に一軒の古書店がある。出田《いづた》古書店。そこで清藤朋広は、古地図目録に目を通していた。
幸人くんからの依頼は、衣川先生という人が見せた地図の出所を調べること。手掛かりはその地図の写真のみだという。
無理言うよなぁ。いくら、「キツネ」がその手のことに長けてるからってさ。
朋広は不満を抱きつつも、目録をめくる手は止めなかった。と、後ろでドアの開く音がした。
「お疲れさま」
この古書店店主の娘である出田秀《いづたひで》が立っていた。
「おお、秀ちゃん。お疲れ」
彼女には、幸人くんからの依頼があったあとすぐに連絡を取り、目録を含むいくつかの資料を用意してもらった。
「秀ちゃんバイトどうだった?」
「疲れた。力仕事のバイトはもう応募しない」
彼女は、イベント準備やアンケート調査員など単発のバイトを見つけてきては、よく応募していた。本当は、高校の友人とケーキ屋で働きたかったらしいが、そちらのバイトは長期だったため、彼女の父が許さなかった。
ーーお前には、洞の仕事を覚えてもらわないと。
そう諭されると彼女も強くは出れなかったらしい。でも、小遣いは欲しいし、まだ高校生なのに学校と仕事だけでは息がつまる。単発のバイトは妥協点だった。
「ところで、今日はここ何時まで開けてる?」
彼女は、店の時計を見ながら、
「何時でも。お父さんは仕入れで出てるから。戸締りは私がするよ」
「仕入れね」
「そう。仕入れ」
この出田古書店は、地下の洞と水脈を地図にしたものを保管するための店だ。
出田古書店は、清藤家では「猿の店」と呼んでいる。熊本城築城の際、加藤清正公に「キツネ」と言われた石工衆が助言し、それを側近の「猿」が書き留めていたから。猿は清正公に可愛がられ、常にそばにいた。猿は、清正公が病に倒れたとき、これからはキツネのそばで記録を続け、熊本を守る手伝いをするよう言いつけられた。
それから約四百年、キツネと猿、清藤家と出田家は熊本の安寧《あんねい》のために支えあってきた。キツネが情報をとり、猿が記録する。西南戦争時に、熊本城の天守閣が炎上するという大事件で、猿とキツネの一族心中の危機があったが、何があろうとも続けることが仕事となる、という家訓のもと、一族の命も仕事も絶やすことなく守り続けてきた。
猿は、たまに「仕入れ」に出る。キツネだけではどうしても手が足りないときがある。時代が変わり、守り続けたとはいえ、一族の数は減った。それでも、管理する洞の数は変わらない。そこで、「仕入れ」という洞の情報収集の仕事も猿がしてくれていた。
朋広は、でも、と思った。
「なあ、姉ちゃんも今、洞に出てるはずなんだけど」
蔵谷の依頼をパスしてまで。
「え? お父さん無駄足になるじゃん。どこ?」
「江津湖《えづこ》。そこに保管してる地図の更新で行ったはず。いつから出てんの?」
「三日前」
おかしい。姉ちゃんの方が後に出てる。姉ちゃんが采配してるのに、同じ洞に行くはずない。トラブルがあって行くなら、俺にも伝えるはず。
「秀ちゃん、お父さんに連絡とってみてよ」
「分かった」
秀ちゃんが連絡をとる様子を見ながら、古地図目録の続きをめくると、ひらりと何か紙が落ちた。写真だった。蛇のようにうねった赤い矢印がいくつも書きこまれている。
写真を拾い上げようとしたそのとき、またドアを開く音が聞こえた。
(続く)
この作品は小説投稿サイトエブリスタに載せていたものです。