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ノケモノの地下城 6【長編小説】
「おい幸人、お前はこっちの資料片付けてろ」
兄に押し付けられた紙の束からカビた匂いが漂い、鼻孔が刺激される。
遠い昔の祖父との思い出から現実に引き戻された。
思い出にふけっていたのは、地下書庫で資料の中からあの懐かしい祖父との思い出の地図を見つけたからだった。
私は熊本市内の商店街から帰ると、すぐに父と兄がいる自宅となりの事務所へ行き、喫茶店での衣川先生とのやり取りを話した。
父は、そうか、とだけ言って葉巻を持つと事務所から出て行った。私はすぐに父のあとを追い、兄は後ろでガチャガチャと事務所の戸締りをしていた。
父の向かった先は、自宅の地下書庫だった。
地下書庫へ降りる階段ははしごのように急で、下は薄暗く見えにくい。臆病な私はそろそろと降りていたのだが、後ろから来た兄に、なにやってんだ、と蹴飛ばされ転げるようにして書庫に入った。
書庫では父がすでにいくつかの資料をテーブルに広げはじめていた。
そして今、隣で兄が不機嫌そうに資料をめくっている。
私は押し付けられた資料の束をファイリングしていく。祖父との思い出の地図をこっそりバッグに滑り込ませて……。
テーブルを挟んで私たちの向かいに座っている父は葉巻を吸っている。
兄が顔を上げる。
「この部屋で葉巻はやめろよ。臭い」
「煙は紙魚《しみ》よけのためだからなあ」
ふうっと書架に向かって父が煙を吐くと、兄はさらに不機嫌な顔になる。
「天日干しでもしろよ」
「この資料を? そんなことできないだろう」
父はふふっと笑って、兄の言葉を一蹴した。
この地下書庫は広い。そこに壁一面の書架。しかも書架は二重になっているため、見た目の倍の量はある。
それを梯子のような階段をのぼって運び出すのは骨が折れるだろう。だいたい天日干しなんかに耐えれそうもないほど紙が劣化している資料だってある。
「カリカリしなさんな、博人《ひろと》。なあ、幸人」
ふいに同意を求められ、私は曖昧に返事をした。
兄が横目で、お前は吸うなよと無言の圧力をかけてくる。そんな目で見られなくても分かっている。十も歳上の兄には昔から頭が上がらない。だいたい、葉巻なんて吸わないし、タバコだって母と兄が嫌がるので数年前にやめた。
「それよりさ、衣川先生が見せた地図だけど、清藤《きよふじ》たちにも調べてもらうよ」
私は喫茶店で先生から見せてもらった地図を写真に撮り、帰る途中のコンビニでプリントアウトしていた。
父はそのプリントアウトした紙を摘まんで、
「そうだなあ、出どころが気になる。この古地図、おそらく水脈図だが、蔵谷の保管する地図と一致しない」
やはりこの古地図に描かれた異様な数の川は、地下の水脈をあらわしているのか。
父は煙を吐きながら答えた。兄がまた嫌そうな顔をするが、そんなこと気にする素振りもなく続ける。
「今回は露骨な依頼だな。今まで幸人を利用して蔵谷家が管理する地下水脈の情報を得ようとすることはあっても、こんな得体の知れないものは出してこなかった」
あらためて「利用」と言われるとショックだった。
衣川先生……。
(続く)
この作品は小説投稿サイトエブリスタに載せていたものです。