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ノケモノの地下城 18【長編小説】
花の香りがするその部屋には、揺り椅子があった。
和室にぽつんと置かれ、掘炬燵《ほりごたつ》がある他には、何もない。障子《しょうじ》は開いており、板の間があってその先に小さな庭が見える。
ああ、あれは冬の夕暮れだったか。庭石を囲むようにツワブキの黄色い花が咲き、ハクモクレンの枝には蕾がふくらんでいた。
夕飯前、近所の子どもたちとかくれんぼをしていた。私は、庭の隅、石の裏に隠れていたが、寝てしまって。見つけてもらえず、凍えて凍えて、手足の感覚などとうに無いような状態で見つかって。母が、体の小さな母だったが、自分の着ている服を腹からめくって、私の頭からスッポリとかぶせ包んで、暖めてくれた。私の体に熱が戻ってくると、そのまま抱き抱えてゆりかごへ向かったと思う。
母は、そのとき子守唄を歌っていた。心地よい響きとともに、ゆりかごが揺れていた。
「……くん、蔵谷くん」
はっとして、部屋を見回す。蝉の声が響いている。
「蔵谷くん、大丈夫?」
衣川先生が私の顔を覗き込む。
「あ、すみません。大丈夫です」
今のは……。
「本当に大丈夫? 今日も暑いからね。冷たいもの持ってくるから、そこ座ってて」
私が掘炬燵に座ると、衣川先生は持っていた紙を台の上に置いて出て行った。
手の甲で額の汗を拭う。
台の上の紙を、そっと開いた。そこには、クスノキ、小川、桜の木、そして、龍の絵が描かれていた。私は目を見開く。この地図は祖父との思い出のーー。
母の香りがする客間に、蝉の声がこだましていた。
(続く)
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