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ノケモノの地下城 7【長編小説】
衣川先生は地下水脈をどうしたいのか。そもそも何故、蔵谷家が管理する地下水脈のことを知っているのか。父に聞いても、さあな、としか返事がない。
蔵谷家は、熊本に流れる特別な地下水脈の管理人であった。その歴史は古く、熊本がまだ肥後の国だったころ、その土地の豪族菊池一族に仕えていた時代まで遡《さかのぼ》る。
地下水脈は、その価値をめぐってたびたび争いが起きたと、蔵谷家の書庫の記録にある。そして、その争いは幾度《いくど》となく肥後の国を傾けかけた。国の行く末を案じた菊池一族の末裔は、地下水脈にある仕掛けを施し、仕えていた三つの家に役割を与え、その守護を命じた。
衣川先生が私を使って、父に仕事の依頼をしてきた日、私は父から蔵谷家の本当の仕事を知らされた。
それまでは家の地下にこんな大きな書庫があることも、そこで地下水脈の記録を保管していることも知らなかった。先生が私に接触してこなければ、教えるつもりもなかったそうだ。蔵谷家の跡継ぎは兄と決まっていたから。状況が変わった、と父は言った。
あの日から私は、本当の意味で蔵谷家の一員となった。
父は葉巻を灰皿に置き、
「それと、県からの地下空洞調査依頼だが、うちに決まった。一昨日の話だ」
やはり衣川先生は知っていたのか。
「情報がもれてるなあ」
いいながら父は、葉巻の伸びた灰を皿に落とした。
「まあ、それは俺が調べるが。とにかく、幸人は地図のことを調べてくれ」
「分かった」
「それで、博人は……」
「俺は篠崎《しのざき》と話してくる。あいつらも自前の地図を保管しているからな。そっちの地図を調べてくる」
篠崎家。地下の洞《うろ》に住み、水脈の仕掛けを作動させる役割を担う。
父が今後のためにと、一度だけ地下の洞で顔合わせしたことがある。ひんやりとした暗い洞で見た篠崎家の面々は、筋骨隆々の男たちだったが、溌剌《はつらつ》とした印象はなく、どこか陰があった。
「じゃあ、明後日もう一度ここで」
父は火の消えた葉巻をつまみ上げると、戸締りを兄に頼んで階段を上っていった。
私も書庫で調べることはもう無かったので階段へ向かおうとした。すると、兄が呼び止めてきた。
「幸人、キツネの姉弟に騙されるなよ」
「清藤のこと? あの二人がなんで騙すんだよ。だいたい亜紀姉ちゃんは兄貴の……」
いいかけたところで睨まれた。
「油断するな。仕事は正確にさせろ。お前は抜けてるところがあるから不安だ」
そんなに信用ないか。
私は、心配しすぎるなよ、とだけ言ってさっさと階段を上った。途中で振り返ると、兄は腕組してまだ何か言いたげだったが、それ以上は呼び止めてこなかった。
(続く)
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