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ノケモノの地下城 26【長編小説】

洋子は、生まれつき足が動きにくかった。

病院で色んな薬を飲んで、注射もたくさん打ったけど、よくなることはなかった。病院の先生は諦めているように見えたけど、両親は必ずよくなると言ってきた。一つの病院で匙を投げられ、他の病院へ。また匙を投げられ、他の病院へ。転々とした。
週末になると両親は私をつれ、足によいとされる温泉地へ行った。それらのお湯に浸かっていても足がよくなることはなかったが、今週も何かしらの治療をしたという言い訳がなければ、両親の心は折れてしまいそうだった。私の足は日を追うごとに硬く、動きづらくなっていった。母は私の足を毎日マッサージし、父はパソコンにかじりついて治療できる方法を検索していた。
両親の疲労がピークに達しようとしていたとき、あの水に出会った。偶然だった。その週末は、たまには映画でも見ようと父が提案したため、街に出てきていた。嬉しかった。そのころはもう、私は車椅子でしか出歩けなかったが、久しぶりの街中で、湯治に忙しい週末を過ごすより気分が楽だった。映画を見終わったあと、通りを歩いていたら母が銭湯を見つけ、立ち止まった。こんなところにあったかしらと首をかしげ、父も不思議そうに見ていた。
外には無料の足湯があった。風呂に入る準備はないから、足湯だけでも借りようかと言い、三人で並んで腰をかけた。そのときだった。すうっと、何かが抜けたような気がした。なんだろうと思い、屈《かが》むと、硬くなって感覚がほとんどなかった足に力が入るのが分かった。あれ、と思い膝に両手をあてる。そのまま前屈みになり、腰をのばして前を見た。立てた。前に進む。歩けた。振り向くと、両親は目をまん丸にしていた。父は、すぐさま銭湯の中へ飛び込んで番台さんに話しかけていた。母は、泣きながら私に抱きついていた。

(続く)


この作品は小説投稿サイトエブリスタに載せていたものです。

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