mediumの感想(※ネタバレを含みます)
注意書き…学校の課題などに丸写ししたり転載したりしないでください。
この物語は短編集に見えて、最後には衝撃の結末がやってくる。その衝撃は『シックスセンス』並と例えればわかりやすいのではないか。まだ『medium』を読んでいないという人は、この感想を読む前に小説を読むことをおすすめする。
『medium』は霊媒師城塚翡翠と、小説家香月史郎の二人がいくつもの殺人事件を解決する物語だ。
この本には四つの事件と、三つの幕間が描かれている。本編には言わずもがな殺人事件が、幕間には、世間を騒がせている連続殺人鬼の視点が描かれている。翡翠が霊視をして、香月が科学的根拠を探し、事件を解決する。その水面下では連続殺人鬼が一切の証拠を残さないまま、若い女性を次々と殺害していた。
この物語には、大きく二つの衝撃的な事実がある。一つ目は、香月史郎が巷を騒がせている連続殺人鬼であったこと。それまでの本編では、彼は頭がよく心優しい男性、という印象があり、連続殺人をするような人柄は一切読み取ることができなかった。私は『香月史郎』というキャラクターが好きだったので、この事実を知った時はショックを隠せなかった。彼は20代の女性を拉致、監禁。腹部にナイフを刺して殺害するという行為を幾度にわたって繰り返している。幕間においては、被害者に対して「痛いか?」と問いかけている。腹部にナイフを刺した挙句、それを抜いてしまえば、高い確率で痛みを感じるはずだ。なぜ彼はそんなことを聞くのか。その答えは彼の幼少期の体験にある。彼の義理の姉は押し入った強盗により、腹部をナイフで刺され重傷を負っていた。それを幼い香月が発見し、助けようと彼女の腹部からナイフを抜いた。それがもしかしたら致命傷になってしまったのでは、ナイフを抜かなければ彼女は助かったのではないか。「自分のせいで姉は死んでしまったのでは。」その疑問に彼はずっと囚われてきた。だから「実験」をしたのだ。姉が死んだのは自分のせいではない。ナイフを抜いても痛くないはずだ。そうやって自分を正当化したかったのだ。そして彼は被害者に対してこうも聞いている。
「そっちには何がある?」
この疑問は誰しも一度が抱いたことがあるものではないだろうか。人は死んだらどこへいくのか。何が見えるのか。しかし、彼はその答えを見つけることができなかった。
彼は生きていてもなお、「死」に囚われていたのだ。
二つ目の衝撃は、翡翠が霊媒の力など初めから持っていなかったことだ。これは香月が殺人鬼であったこと以上の衝撃を与えた。死者との共鳴も、死者の魂を呼び出すことも彼女はしていなかった。彼女が行っていたのは最初からただ一つ。推理であった。彼女は殺害現場に残る証拠や、関係者の証言などのわずかなヒントから、事件の犯人や動機まで導き出していた。推理の時間は一分も要しておらず、頭の回転が非常に速いことが伺える。導き出した推理をもとに、彼女はまるで霊媒をしたかのように見せかけながら香月に事件解決のヒントを与えていた。
真相を知った後で本を読み返すと、作者の描写力に改めて感服させられた。まず、幕間での描写。二つ目の幕間にて、鶴岡(香月)は次のターゲットを翡翠に決めていた。その時、鶴岡は翡翠を隠し撮りした写真を見るのだが、こういう描写がなされている。
「男と一緒に写っている写真だが、男の方はどうでもいいとばかりに見切れている。」
これだけだと、「隣に写る男」というのは香月を連想する。しかし、実際は水鏡荘にいた作家の男だった。他にも、三つ目の幕間ではこんな描写がある。
「懸念だった彼女のそばにいる障害も、思いがけない幸運によって引き離すことができた。」
これも、「彼女のそばにいる障害」と聞いて、香月を連想したのだが、実際は千和崎のことを言っていたのだ。
作者はこのように、文章によるトリックアートを用意し、読者に錯覚を起こさせた。視点を変えれば、見えたかもしれない事実だったのに、人間は簡単に視点を変えられない生き物らしい。
この物語のテーマは、人の生死だ。魂の法則、というものを「美人霊媒師城塚翡翠ちゃん」は設定していた。死んだ人間の魂は停滞する、というものだ。考え方としては面白いが、苦しみながら死んだ人間には救いが訪れないことにもなってしまうように思う。しかし、結局はその設定はあくまで翡翠の妄想の範囲を出ないため、真実は闇の中だ。私は、死後の世界はそれなりに充実していてほしいと願うが、死者と会話ができない以上、死後のことについては死んでみないとわからない。生きている以上は知り得ないことだ。
「生きる」ということは辛く苦しい。死後の世界に夢を見るのは人間の性といえよう。しかし、死後の世界を知ることができない以上、いくら想像しても死後のことはわからない。それならば、今を懸命に生き、己の納得できる人生を過ごすことが大切なのではないか。この物語はそれを伝えているように思う。