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10月からスタートした先発医薬品選定療養の問題点

「2024年10月から、後発医薬品があるお薬で、先発医薬品の処方を希望される場合は、特別の料金をお支払いいただきます。」という、先発品選定療養が始まった。
以前から予想されたことだが、医療現場で混乱が始まっている。以下は、ある患者の内服している薬だが、選定療養によって18%も増えることになった。

お薬代金(90日分)はこう増えた


図1. 7月の負担額と10月の負担額の違い

 5種類のお薬をもらって、全て先発品を希望したため3種類が選定療養の対象となった。負担は8,130円から9,570円へと、消費税180円も入れて1,440円の負担増、18%の値上げとなった。
一方、薬局の収入を見ると説明に時間が割かれているのにもかかわらずマイナス10円になっている。

選定療養の仕組み

 厚労省は、「後発医薬品のある先発医薬品(長期収載品)の選定療養について」というホームページ特設サイト1)を作り説明している。
 それによれば、「特別の料金とは、先発医薬品と後発医薬品の価格差の4分の1相当の料金のことを言います」
 実際に対象となる薬品(注射楽や外用剤を含む)が一覧表になっていて、1096品目が対象となる。
 さらに、どのように計算するのかが、「長期収載品の処方等又は調剤に係る選定療養における費用の計算方法について」2)で説明されているが、補足の説明がないと理解できないし、エクセルで計算しようとしても「五捨五超入」というまるめの方法が壁になる。


図2. 患者負担額の計算例

先発品と後発品の薬価差の1/4となる薬価(a)と保険対象になる薬価(b)がそれぞれの薬剤に表示されている。
A. 特別の料金の計算
一日当たりの使用薬剤の薬価を計算し、五捨五超入しさらに10で割って点数を求める。5円以下は外捨五超入で0円=0点になるが、1点として計算する。
点数に処方に日数をかけ、合計点数を求める。
B. 保険対象となる費用の計算
* 五捨五超入とは、1の位以降が5以下であれば切り捨て、5を超える場合は切り上げる。
 
さらに、内服薬ではない外用剤 モーラステープLについて、計算を示す。
外用剤については、一日分ではなく一回の処方で出した枚数で計算する。
モーラステープL(1枚 薬価:28.6円)
長期収載品と後発医薬品の価格差の4分の1【a】:0.73円
 
A「特別の料金にかかる費用」
1.算定告示に基づき点数に換算
・0.73【a】×63枚=45.99→5点
2.「特別の料金」にかかる費用
・5点×10(円/点)×(1+0.10)=55円 (消費税込み)
 
B「選定療養を除く保険対象となる費用」
1.算定告示に基づき薬剤料に係る点数に換算
・27.87【b】×63枚=1755.81→176点
2.選定療養を除く保険対象となる費用
・176点×10(円/点)=1760円
 
C「患者自己負担」(3割負担の場合)
1760円×0.30=528円
 
E「患者負担の総額」はA+Cなので、
55円+528円=583円
 
医療上の必要性があるなどで選定療養とならない場合は、
・28.6円(薬価)×63枚=1801.8→180点
・1800円×0.30(3割負担)=540円
となるため、
583円-540円=43円の負担増となる。
 
また、上記の計算をもう一度見てほしい。選定療養の薬剤費は5点、選定療養を除く薬剤費は176点 合計すると181点で、選定療養とならいない時の薬剤費180点より1点高くなっている。つまり、薬剤費を10円多く負担することになる。2度行われた五捨五超入ルールが原因らしい。

医療機関では言い訳コード入力が義務化

選定療養にならない場合もいくつかあり、その時は、明細書に言い訳のコード入力が必要になる。
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長期収載品について、選定療養の対象とはせずに、保険給付する場合
(長期収載品について、後発医薬品への変更不可の処方箋を交付する場合を含む。)
医療上必要があると認められる場合及び後発医薬品の在庫状況等を踏まえ後発医薬品を提供することが困難な場合の理由のうち該当するものを記載すること。
なお、医療上の必要性については以下のとおりとする。
① 長期収載品と後発医薬品で薬事上承認された効能・効果に差異がある場合であって、当該患者の疾病に対する治療において長期収載品を処方等する医療上の必要があると歯科医師が判断する場合。
② 当該患者が後発医薬品を使用した際に、副作用や、他の医薬品との飲み合わせによる相互作用、先発医薬品との間で治療効果に差異があったと歯科医師が判断する場合であって、安全性の観点等から長期収載品の処方等をする医療上の必要があると判断する場合。
③ 学会が作成しているガイドラインにおいて、長期収載品を使用している患者について後発医薬品へ切り替えないことが推奨されており、それを踏まえ、歯科医師が長期収載品を処方等する医療上の必要があると判断する場合。
④ 後発品の剤形では飲みにくい、吸湿性により一包化ができないなど、剤形上の違いにより、長期収載品を処方等する医療上の必要があると判断する場合。ただし、単に剤形の好みによって長期収載品を選択することは含まれない。
⑤後発医薬品の在庫状況等を踏まえ後発医薬品を提供することが困難なため
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上記の5種類のコードが用意された。それ以外の自由記載のコード(999コード)が用意されなかったために、5種類以外の理由は選べないとことになった。

問題点

#1 . 混合診療解禁の一里塚

 中医協での議論は、以下のように始まった。
「画期的な新薬の開発が進む」と「薬剤費・医療費が高騰する」ことで、医療保険財政が厳しさを増していきます。その一方で、我が国では諸外国に比べて「長期収載医薬品から後発医薬品への転換・移行等が十分に進んでいない」状況にあり、例えば「長期収載品の患者負担を引き上げる」ことで「後発品への置き換え促進」「医療保険財政の健全化」を目指すべきではないかとの議論があります。
 しかし、後発品への置き換えによる経済効果は限定的で、拡大する薬剤費を抑えることはできない。だとすれば、先発品選定療養の次には、高額な薬品、生物学的製剤や抗がん剤に拡大されることは明らかだ。そうなれば、高額な薬剤費を払うために、民間のがん保険、医療保険に入ることになる。混合診療は、健康保険が支払う医療費を減らすと同時に、保険業界の活性化を目指す経済政策になることを狙っている。
厚労省のポスターで「皆保険を守る」と言うが、「皆保険の範囲を縮小し小さなパイの皆保険を守る」宣言であり、TPPの時に医療団体が掲げた守るべき「皆保険」は、選定療養によって崩壊が始まる。

#2 . 法令順守を捨てた霞が関~医療現場は大混乱

9月30日の夜に「電子カルテのエラーコードは無視してください」とのファックスが診療所に届いた。エラーコードの出る電子カルテ、レセコンで保険請求することになったが、混乱の責任は厚生労働省にあった。
10月から施行されることになっていた「特別の料金」の徴収は、注射薬も対象になっていたが、9月25日、9月26日の事務連絡で「注射薬は原則選定療養対象から外れ」た。
日本は法治国家であり、医療については憲法、健康保険法があり、それに基づき「政令」「省令」「告示」が出され、最下位にある厚労省保険局医療課長の通知(保医発)が出されて、医療者はこのルールで保険診療を行いっている。ところが、9月25日、26日の注射薬を選定療養対象から外すという文書は、通知より下位の事務連絡となっていて「厚生労働省保険局医療課」としか書かれていない。
 どこの誰が、誰と相談して、このような重大な変更を決めたのだろうか?健康保険証廃止決定と同じ構造で、責任者がいないらしい。

#3 . 医師の裁量権

 この複雑な料金体系に仕上げ、医療者も患者も理解できなくした。さらに、医療費の請求手続きを5択にすることで、例外を極力減らし後発品使用の強制という暗黙のプレッシャーをかけてきた。同時に、処方における医師の裁量権をなくしてしまった。

#4 . 医学的な問題

 後発品と先発品は、成分は同じといえるが、それ以外の成分は全く異なっている。ロキソニン錠の重さを先発品と後発品で比較すると次のようになり、有効成分60mgは同じとして後発品の重さは異なっている。たとえるなら、アルコール濃度は同じだが発泡酒と本物のビールほどの違いがあるといえる。
 この違いが、個々人の血中濃度の違いとして出現すると、有効性や副作用に違いが出てくる可能性がある。


図3. ロキソプロフェン錠の有効成分60mgと添加物~1錠の重量はこんなに違う。

 さらに、シップの場合では、はがれやすい、はがれにくいで有効性は変わり、さらに皮膚のかぶれが添加物によっても変わる。化粧品と同じで、値段によって良い悪いは決まらず、実際に使ってみないと効果を確かめることができないことが多い。にもかかわらず、安いシップを先に使い、副作用が出たときに先発品を使用可能にするという仕組みは、どう見ても乱暴すぎる。

#5 . 消費税の二重取り問題

 お薬の消費税について考えると、薬局は薬を購入時に消費税を支払う。しかし、患者さんの調剤した時には、患者さんから消費税はもらわない。薬局は、損をして消費税を負担しているのだろうか?2022年の薬剤費は5兆7千億円なので、消費税額は5千7百億円となる。
 医療の消費税は非課税なので、患者さんから消費税をもらうことができない。消費税が3%でスタートした時には、薬価と購入価格との間に差があり、消費税を支払っても利益が出た時代だった。薬価を少しプラスするだけで薬局はマイナスになることはなかった。その後も薬価改定のたびに消費税分の薬価をプラス改定し薬局が損をしないように配慮されてきた。
 そもそも、消費税分の金額が薬価に含まれ、患者さんもふたんしてきた。にもかかわらず、今回の改定で、薬代の消費税を支払うことになった。これは、患者さんから消費税を二重に徴収することに他ならない。
 これまで、消費税率が上がるたびに、消費税分の薬価のプラス改定が行われている。消費税率10%になるまでに通算3.3%のプラス改定が行われた。消費税のために水増しされている医療費は 48兆円のうち2.3兆円と推定されている。

#6 . 生活保護で後発品強制は人権侵害

 Q&Aでは、以下のように後発品を強制している。
「長期収載品は医療扶助の支給対象とはならないため、患者が単にその嗜好から長期収載品を希望した場合であっても、生活保護法に基づき後発医薬品処方等又は調剤を行う。そのため、「特別の料金」を徴収するケースは生じない。」
 これに対して、国連人権高等弁務官事務所は、「生活保護受給を理由に、医薬品の使用に制限を課すことは、国際人権法に違反する不当な差別に当たる。政府は改正法案を慎重に再検討するよう強く要請する」と述べている。

#7 . 労災と交通事故医療でも支払う?

 労災、公務災害、交通事故の医療では、どうするのか?制度開始前から質問をぶつけてきたが、なかなか回答がなかった。労災については、9月27日(金)にホームページに、健康保険と同様に特別料金を支払うと公表された。3)
 交通事故診療については、10月18日現在も正式な通知が出ていない。現場では個別の対応になっていると思われる。10月17日に、高崎自賠責調査事務所より、「自賠責保険は選定療養の対象外」との説明があったという。「健康保険や労災保険を使った後に自賠責保険に請求する場合は、いったん特別な料金を支払って頂く必要があります。この場合、後日自賠責保険に請求していただくことになりますが、注意点として特別な料金に対する消費税分は請求しないでください。」4)
 これまでの例では、初診時選定療養費、再診時選定療養費、時間外にかかる選定療養費などは、労働災害、公務災害、交通事故、自費診療の場合は徴収対象外だった。
 ここだけを見ても、粗削りの乱暴な制度設計といえる。1円も問題にする消費税、インボイス、賠償金支払いでは、今後も混乱すると予想される。

まとめ

・2024年10月から先発品は贅沢として選定療養制度が始まった。
・複雑な計算方法のため理解が難しく、検証も困難だ。
・法的な検討が不十分で、事務方の都合でルールが決められた。
・生活保護で後発品強制は人権侵害に当たる。
・薬剤の消費税について、検証すべきだ。
・労災と交通事故診療で消費税、インボイスの扱いが問題となる。
・医学的な検討もなく、医師の裁量権もなくした。
・皆保険制度の崩壊につながる布石であり、白紙撤回を求める。

参考資料

1)   後発医薬品のある先発医薬品(長期収載品)の選定療養について
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_39830.html
2)  長期収載品の処方等又は調剤に係る選定療養における費用の計算方法について
https://www.mhlw.go.jp/content/12400000/001275337.pdf
3)  2024年10月からの労災保険における医薬品の自己負担について~長期収載品の選定療養~
https://www.mhlw.go.jp/content/001309471.pdf
4)  自賠責保険の選定療養について
https://kirinoha.com/999/traffic-accident-insurance/