予防接種強制制度の合憲性
本記事においては反ワクチンの筆者がワクチン接種に関する法律を学ぶものである。
「予防接種強制制度の合憲性と予防接種健康被害に対する憲法上の救済権」竹中 勲
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はじめに
本稿は、憲法二五条二項の「公衆衛生の向上及び増進」関連法システムの検討の一環として(予防接種法システムの1)憲法公法学的検討―具体的には、予防接種法の憲法上の位置づけ、予防接種強制制度の合憲性、予防接種健康被害に対する憲法上の救済権の検討―を行おうとするものである。
伝染病の発生・流行は、
①その伝染病の病原体である細菌やウイルスがあること(感染源の存在)
②その病原体がず、そのため病原体がヒトの体内で活動しうること
(感受性の存在)ヒトに到達する道筋があること(感染経路の存在)
③病原体にさらされたヒトが病原体に対し十分な抵抗力を持たず、そのため病原体がヒトの体内で活動しうること(感受性の存在)
以上三つの条件が揃って初めて成り立つものである。それゆえ、伝染病の発生 ・ 流行を阻止するための基本的対策としては「感染源対策」 、 「感染経路対策」 、 「感受性対策」という三つのものがあることになる。予防接種は「感受性対策」の類型に属するものである。
「予防接種は、感染症対策・伝染病対策として唯一の手段ではないこと、および、感受性対策は、感染源対策や感染経路対策よりも、人権制約の正当化がより困難であるという意味において人権制約がより強度であるともいえるものであることが留意されなければならない。
本稿は、以上の諸点を念頭に置いて、予防接種強制制度の合憲性について検討しようとするものである。
予防接種法の憲法上の位置づけ
現行の予防接種法(昭和二三年法律六八号、最終改正・平成一八・一二・八法律一〇六号)一条は、 「この法律は、 (ア)伝染のおそれがある疾病の発生及びまん延を予防するために、予防接種を行い、公衆衛生の向上及び増進に寄与するとともに、(イ)予防接種による健康被害の迅速な救済を図ることを目的とする」と規定している。
そして、予防接種を「疾病に対して免疫の効果を得させるため、疾病の予防に有効であることが確認されているワクチンを、人体に注射し、又は接種すること」と定義し(二条一項)、一類疾病として「一ジフテリア、二百日せき、三急性灰白髄炎、四麻しん、五風しん、六日本脳炎、七破傷風、八結核、九前各号に掲げる疾病のほか、その発生及びまん延を予防するため特に予防接種を行う必要があると認められる疾病として政令で定める疾病」を(二条二項各号) 、二類疾病(=「個人の発病又はその重症化を防止し、併せてこれによりそのまん延の予防に資することを目的として、この法律の定めるところにより予防接種を行う疾病」)として「インフルエンザ」を(同条三項) あげている。
予防接種法一条の(ア)の部分は、同法が憲法二五条一項(「健康」規定) ・二項(「公衆衛生の向上及び増進」規定)を具体化する法律であることを示すものととらえることができる。同法一条の(イ)の部分は、同法が「憲法上の救済権」を具体化したものであることを示すものととらえることができる。すなわち、現行の予防接種法は、 「社会権実現立法」でありかつ「憲法上の救済権実現立法」であると位置づけることができる。
予防接種強制制度の合憲性
一般に、社会権実現立法は、通常、サービスの任意的給付・提供という目的実現手段を採用するが、類型的には社会権実現立法として憲法上位置づけることのできる個別法律の中には、⒜サービスの任意的な給付・提供手段を採用する条文のみならず、これに加えて、⒝自由権・自己決定権を制約する手段を採用する条文が含まれている場合がある。
それゆえ、社会権実現立法(としての予防接種法)に関しては、⒜⒝の存否の確認、および、二様の憲法適合的解釈(⒜の条文の合憲拡張〔拡充〕解釈、⒝の条文の合憲限定解釈)の検討などが行われなければならない。
前述のように、一九四八(昭和二三)年制定当初の予防接種強制制度については、一九七六(昭和五一)年の改正により予防接種を受ける法的義務等違反に対する罰則規定は(緊急時の予防接種の場合を除き)削除され、
一九九四(平年の改正により予防接種を受ける法的義務等規定が努力義務規定へと改正され、現行法は予防接種を受ける努力義務等規定を置いている。すなわち、現行法は、市町村長による「定期の予防接種」実施義務(三条)
および都道府県知事による「臨時の予防接種」実施義務(六条)を規定し
、これを受けて、八条一項は予防接種を受ける努力義務「第三条第一項に規定する予防接種であって一類疾病に係るもの又は第六条第一項に規定する予防接種の対象者は、第三条第一項に規定する予防接種(当該予防接種に相当する予防接種であって、市町村長以外の者により行われるものを含む。以下『定期の予防接種』という。 )であって一類疾病に係るもの又は第六条第一項に規定する予防接種(当該予防接種に相当する予防接種であって、同項の規定による指定があった日以後当該指定に係る期日又は期間の満了の日までの間に都道府県知事及び市町村長以外の者により行われるものを含む。以下『臨時の予防接種』という。 )を受けるよ努めなければならない。 」)を、同条二項は保護者の予防接種を受けさせる措置を講ずる努力義務(「第三条第一項に規定する予防接種であって一類疾病に係るもの又は第六条第一項に規定する予防接種の対象者が十六歳未満の者又は成年被後見人であるときは、 その保護者は、その者に定期の予防接種であって一類疾病に係るもの又は臨時の予防接種を受けさせるため必要な措置を講ずるよう努めなければならない。)を規定する。
予防接種強制制度の合憲性について言及する高裁判決
予防接種健康被害に関する一連の裁判例のうち、予防接種強制制度の合憲性について言及するものとしては、一九九二年の東京高裁判決(東京高判平成四・一二・一八判時一四四五号三頁)がある。
同高裁判決は「理由」の「第三 損失補償請求について一〔略〕 、二損失補償請求権の存否」の箇所において、憲法判断を示している。具体的にはまず、ⅰ公権力に起因する国民の権利利益の侵害に対する憲法上の救済権の体系について述べ、これを前提として、ⅱ昭和五一年改正前の予防接種法の下での予防接種強制制度の合憲性、ⅲ当該予防接種は国家賠償法一条にいう違法であるか否か、ⅳ当該予防接種健康被害に対する憲法上の損失補償請求権の存否、について述べている。少し長くなるが、重要部分を以下に抜粋しておくこととする。
Ⅰ公権力に起因する国民の権利利益の侵害に対する憲法上の救済権の体
ア)昭和二三年の予防接種法は、 「主として社会防衛の見地から国民に対して接種を義務付けているもの」であり、勧奨接種( 「ポリオ生ワク
チン、インフルエンザワクチン及び日本脳炎ワクチンについては、ある時期法律の根拠によらず、行政指導の形で国民に接種を勧奨し、任意に接
種を受けてもらういわゆる勧奨接種が実施された」 )も「同じく社会防衛、集団防衛の目的を有していたもの」である。 「 (イ)予防接種は異物で
あるワクチンを人間の体内に注入するものであって、それなりの危険を伴い、脳炎、脳症といった生命にもかかわるような重篤な副反応が発現す
ることも絶無ではないことが経験的に知られている。 (ウ) しかしながら、 このような事故に対して損失補償請求権が当然生ずるか否かについては公権力の行使によって国民の利益が侵害された場合につき、憲法が全体としてどのような定めを置いているかを検討しなければならない」 (一〇
〇―一〇一頁) 。 「 (エ)これらの規定〔憲法一七条、国家賠償法一条、憲法二九条三項および憲法二九条の全体の文言・構造・沿革、憲法四〇条〕
を総合すると、憲法は、公権力の違法な行使によって生じた損害(財産的損害であると非財産的損害であるとを問わない。 )については憲法一七
条に規定を置き、それではまかなえない財産権に対する公権力による適法な侵害に対しては憲法二九条三項で損失補償を定め、また、身体の自由
や生命という非財産的利益に対する適法な侵害が憲法上許容されている刑事手続の場合について憲法四〇条に損失補償の規定を置き、全体として
公権力の行使による個々の国民の利益侵害に対する損害填補について一つの体系を形作っているものと認められる。
(オ)そして、憲法は、公務員の違法な行為により特定の国民が被った損害のすべてを国家で負担することまでは要求していないと解される」 (一〇一頁) 。
Ⅱ 昭和五一年改正前の予防接種法の下での予防接種強制制度の合憲性
(カ) 「予防接種による重篤な副反応事故の場合を考えると、ここでいう副反応事故とは生命を失ったり、それに比するような重大な健康被害
を指すのであるから、法が予防接種を強制する結果として特定の個人にそのような重大な被害が生ずることを容認しているとは到底解することが
できない。個人の尊厳の確立を基本原理としている憲法秩序上、特定個人に対し生命ないしそれに比するような重大な健康被害を受忍させること
はできないものである。予防接種によりまれではあるがそのような被害が生ずることが知られているとしても、そのことから直ちに、法が特定個
人に対するそのような侵害を許容している(特定個人にそのような被害を受忍することを義務付けている)と結論付けることは到底できないもの
といわなければならない( (キ)なお、このようにいうことから、逆に法が予防接種を国民一般に義務付けること自体が直ちに違憲であるなどと
いうことにはならない。 (ク)当該予防接種制度の公益性、公共性を考えると、法秩序上是認できない損失がまれに生ずるとしても、制度全体と
しては、これを適法かつ合憲と評価すべきものである。 ) 」 (一〇一頁)
Ⅲ本件予防接種は国家賠償法一条にいう違法であるか否か
「法は予防接種を義務付けているが、予防接種の結果として重篤な副反応事故が生ずることを容認してはいないのであるから、客観的にみると(現在の医学でその結果を事前に予見できるかどうかは別として) 、 (ケ)ある特定個人に対して予防接種をすれば必ず重篤な副反応が生ずるという関係にある場合には(予見できないためその判断が事前にはできないとしても) 、当該個人に対して予防接種を強制することは本来許されないものであるといわなければならない。
その場合は、予防接種の強制の事前差止めを求める余地さえ生ずる可能性があるということができる。それ故、法一二条は、腸チフス又はパラチフスの予防接種を行うときは、あらかじめその予防接種に対する禁忌兆候の有無について健康診断を行わなければならない。禁忌兆候があると診断したときは、その者に対して予防接種を行ってはならない。 」との規定を置き、また、法一五条を受けて、厚生省令等の形式で、禁忌や予診についての規定を設けて、重篤な副反応事故が起こる蓋然性の高い者を予防接種の対象から除外する措置を採っているのである。このように、 (コ)予防接種により重篤な副反応が生じた場合には、本来当該個人には予防接種を強制すべきでなかったという意味で、予防接種の強制は違法であったということができる。
また、 (サ)予防接種を受けるかどうかを形式的には国民の任意に委ねている勧奨接種の場合も、 その実態が、 後記認定のように、 強制接種と変わらないものであるとするならば、 右の議論がそのまま妥当する。(シ)このような違法な強制の結果被害を受けた個人が国に対して責任を問えるか否かは、前記のような現行憲法の体系の下では、本来、憲法一七条の国家賠償の問題であるというべきである。 」 (一〇一―一〇二頁) 。
Ⅳ本件予防接種健康被害に対する憲法上の損失補償請求権の存否
(ス) 「前記のように、本件予防接種を適法行為による侵害であるとみることはできないものであり……」 、 「もともと、生命身体に特別の犠牲を課すとすれば、それは違憲違法な行為であって、許されないものであるというべきであり、生命身体はいかに補償を伴ってもこれを公共のために用いることはできないものであるから、許すべからざる生命身体に対する侵害が生じたことによる補償は、本来、憲法二九条三項とは全く無関係のものであるといわなければならない。 」 (一〇二頁)
東京高判平成四 ・ 一二 ・ 一八が「なお」として予防接種強制制度は合憲であると述べた部分(前記(キ) (ク)の部分)は、 「予防接種制度全体としては適法かつ合憲」との結論がどのような立論により導かれるのかについて明らかにしていない。 「社会防衛・集団防衛」 ・ 「公益性・公共性」の用語を掲げるだけでは説明とはならない。いずれにしても、当該「憲法判断部分」は、 予防接種の強制により制約される人権の種類の識別に基づき自覚的に述べられたものではない。
(三)予防接種の強制により制約される人権の種類
予防接種の強制により制約される人権の種類について検討すると、新美育文説は(一九八五年の論稿で) 、予防接種の強制は「被接種者の基本的権利たる自己決定権」と抵触するとし、 「人が自己の身体に何がなされるかを決定する権利(いわゆる『自己決定権』 )を有しており、医的侵襲についてはそれを受ける者の同意が必要とされ」 、 「患者本人に直接の利益をもたらす通常の診療行為ですら、それが医的侵襲であるならば、患者の自己決定権を無視して実施される限り、それだけで故意による傷害ないし暴行を構成する」のであり、被接種者の自己決定権を無視し予防接種を強制し「医的侵襲を実施したこと自体および、その副作用が顕在化したことから生じた事態について不法行為責任が課される」とする。
私見によれば、予防接種の強制により制約される人権の種類には、二様のものがある。一つは、憲法一三条後段を根拠とする自己決定権(=〈選択の自由を内実とする権利〉 )の三類型
①生命 ・ 身体のあり方に関する自己決定権、
②親密な人的結合の自由、
③個人的な生活様式の自己決定権)のうちの第一類型「生命・身体のあり方に関する自己決定権」 (自己の生命・身体・健康のあり方につき公権力の干渉を受けることなく自ら決定することのできる権利)の一内容である「医療を受けるか否かを含めどのような医療を受けるかに関する自己決定権」である。他の一つは、憲法一三条後段の「生命に対する権利」に内包される「生命を享受する自由」=〈選択の自由を内実としない権利〉の一内容である「公権力により医的侵襲を受けない権利」である。