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嗚呼なんて面倒な幽霊屋敷:終

「僕の話はこれでおしまい。」
「そのあと、どうなったんだよ。」

神崎の姿をした何かが語りだしたのは、一人の女子高生が友人と肝試しに行って、人形の中にいた何かと対峙し、そして人形の中に取り込まれた、という話。視界の隅にうつる人形が、いやに目について敵わなかった。

「さぁ?意識がはっきりしたときにはもう屋敷には誰もいなかったし、どうなったかなんて知りやしねぇよ。って、しまった、僕自身の話みたいに話してしまった。」
「お前がゆりなんだろ。」
「ただの作り話かもよ。」
「お前はそんな器用なことが出来る男じゃないからな。」
「あっはは、作家の名が泣くなぁ。」

肩を揺らす神崎、いや、ゆりに工藤はつられて少し笑った。目の前の存在に対する恐怖はまだあるが、問題の人形はどちらの手からも届かない場所にある。第一、長い間相槌を打ちながら話を聞いていたせいで、少し気が緩んでいた。

「ご名答。もっと女子高生らしく話そうか?」
「気持ち悪いからそのままにしてくれ。それで?この話を聞かせて、お前は俺に何を聞きたかったんだ。」
「僕が聞かれたのと大体同じことさ。」
「……と、いうと。」

空気が、突如質量をもってのしかかってきたような感覚に襲われる。先ほどまで友好的に、ともすれば神崎本人と見紛うような様で話していたゆりが、すいと目を細めてこちらを見据えた。暗がりでよく見えないはずの目に、絡めとられて視線が離せない。

「今、僕があれを触れば元通りだろ。僕が触りたくないって言ったら、君はあれ、触るかい?」
「は、」

くつくつと喉の奥で笑って、彼女はずり、と自身の椅子を工藤のほうへ引き寄せる。鼻が当たりそうな距離で、彼女はもう一度、あれ、触るかい、と神崎の声で言った。

「まぁ僕の時と違って、君が触ったら僕が……いや、神崎さんが手に入れるのは工藤の体だから、ちょっと条件が違うけどさ。シンプルに、友達をここに残すか、君が逃げるか、って話だよ。」

何か言おうと開いた口から、ただはくりと空気が吐き出される。乾ききった喉からは何の音も生み出されず、工藤はただ彼女を凝視した。脳が、質問の意図を理解すること拒む。

「ほら。逃げるなら逃げて。触るなら、触ってみろよ。今、すぐにさ。」

彼女が体を引いて、立ち上がる。そのままぐいと手を引いて、工藤のテーブルのほうへ押しやった。そう、まるでさっき聞いた、ゆりが選択を迫られた時のように。

「どうした?友達を助けてあげないのか?君は、他人のために自分の自由なんて捨てられないかな。」

耳元で笑いを含んだ昔なじみの声がする。自分か、神崎か。工藤はしばしの間の後、ゆっくりと手を持ち上げた。

「なんてな!」

がっと横から伸ばした腕を掴まれる。驚いて振り返れば、子どものような笑みを浮かべた顔を目が合う。

「悪かった、ちょっとからかい過ぎたよ。」
「は、」
「言ったでしょ、私は逃げたんだって。今更こんな誰かも分からない体なんかそこまで欲しくないつーの。」

些かいつもよりハイトーンな声は、ゆりが話しやすい話し方なのだろう。先ほどと同じように椅子に腰かけた彼女に促されて、また椅子に沈む。服が汗で張り付いて不快だった。

「友達の為に犠牲になった馬鹿でカワイソーな奴がいたってことだけ覚えていてくれない?それだけがあんたへのお願い。どう?」

なんならその、小説のネタに困っている友人に話してよ、とゆりが笑う。神崎の笑い方とは、全く異なる表情。

「人に、話す気はないよ。なんて言えばいいか分かんねぇし、俺はそういうの、思いつくタイプじゃねぇし。」
「残念。フィクションとしてでもいいから残したかったな。」
「例えば、神崎の体で逃げたら、自分で書きたいか?」
「あはは、文才ないから無理。」

それに逃がしてくれないでしょ、とケラケラ笑う少女に、工藤は苦笑いを浮かべた。

「そうだな、悪いが。」
「いいよ。案外面白いんだ、ここも。馬鹿がうじゃうじゃ肝試しに来るの。屋敷の中の声なら大抵聞こえるし、時々人形を触る奴もいる。ちょっとからかった後は体を返してやるけど、いろんな人のふりをするのも面白いよ。結構様になってたでしょ?」
「ああ。途中、神崎じゃないことを忘れていたよ。」
「ここに来てから、一階とかで話している会話でなんとなく人となりを予想するの。」

人間より悩みも少ないかもね。浮かべた達観した笑いはどこか薄ら寒く、元々子供だった彼女は今や人でないバケモノであることが思い出された。一体、どれくらいの時間をここで過ごしているのだろう。そして、その暮らしは、苦悩にまみれた人間のそれと、どちらが。

「なぁ、気になるなら、僕が今これに触った後、お前が触ってみろよ。お前のふりして生きてやってもいいよ。」

神崎の声に、弾かれたように工藤が顔を上げる。ゆりは神崎みたいに笑って、ぴょいと椅子から立ち上がった。そのままつかつかとテーブルに歩み寄って振り返る。

「ま、好きな方選べよ。人形か、人間か。」

人形に触れた神崎の体はぐらりと傾いて、そのまま床に倒れた。工藤はしばらく呆然として椅子に座っていたが、慌てて立ち上がって神崎の肩を叩く。

「お、おい、神崎。大丈夫か?」
「ん、んー……あ?僕、今、あれ?」
「あー、突然ぶっ倒れたんだよ。覚えてねぇ?」
「うーん。」
「取り敢えず立てよ。もう帰ろうぜ。」

腕を引いて立ち上がらせれば、神崎は首を傾げながら部屋のドアを開ける。工藤はその後に続こうとして、ふとテーブルの人形を見た。

「工藤?」
「あー……すぐ追うから、ちょっと先行っててくれよ。」

不思議そうにしながら部屋を出た神崎から目線をはすして、再び人形に目を落とす。

人形か、人間か。

とても、難しい問題のように思えて、彼はしばらく、じっと人形を見つめ続けた。

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