なめていない
ぼんやりとインターネットをのぞいていたら、ちょうど6年前に仕事で書いたDANROの「買いたい新書」という連載を見つけた。
あらためて読んだらこれが面白い。
14個それぞれきっちり面白いので、「いいぞ!昔の自分!」と褒めてやりたくなった。
同時に、今現在はそういった作品作りはあまりしていないと思ってしまう。
書きながらニヤニヤしてしまうような、「なめてるなー」と思うような作品をだ。
なぜならなめていないのだ。
毎日一生懸命やってしまっている。
売れるため、お金にするため、子の親であるため、誰に強制されたわけでもないのに、一生懸命やってしまっている自分がいる。
良いことじゃないか!悲しいくらい良いことだ!でも悲しさがある!そして疲れる!
たまに取り出せる褒めという書籍が発売中なのだが、
これはもう全然なめていない。かなり真摯に向き合って作ったものだ。
なぜなら他人さまの思い出を使わせていただいているので、なめられない。
おかげさまでとても良いものが出来たと自負しているが、エネルギーをたくさん使ったので、そのエネルギー分褒めてもらいたく、この漫画のどこが良いのかを自画自賛するペーパーまで作ってしまった。(一部ジュンク堂購入可能)そのペーパーもすごく良くできたと思う。
なめてない。
ああなめてない。
最近これはなめてるなーと思った作品は、イラストレーターユニットのネジフセルズでやっているインスタにあげた「帽子のつば長すぎさん」くらいだ。
これはなめている。
ぼうしのつばが長すぎるという、目の付け所が下の下のアイデアなところが良い。ネーミングもばっちり決まった。具合の良いなめだ。
ちなみに最初にあげたDANROの記事はここまではなめていない。ちゃんとやっていた。精神のありようがなめていたというようなことだ。
仕事や子育てや雑務に追われ、なめから遠ざかる日々。
これでいいのだろうか。とふとぼんやり思う時がある。
気づけば初めてnotoを更新していた。
何か少し発散できた気がする。
今後も更新しようと思う。
室木おすし