2023/5/11

バースデーイベントの日にお客さんにおねだりしたのは、体重計だった。思いつきで、そう言ってしまって、あとにひけなかったのだ。
体重計なんて、数字さえ分かればいいものであれば2000円程度で買えてしまう。せっかくお客さんにもらう誕生日プレゼントなら、高い化粧品やアクセサリーにしたほうが良い。ほかの女の子たちは、口にしないがそう思っただろう。ふつうのことだ。

実際わたしも、そんなすこしの後悔と共に体重計を家に持ち帰り、電池を入れ、ひさしぶりに体重測定をした。
夜の店で働き始めてから、すこし太ったと感じていたのは勘違いではなく、体重計は過去最高の数字を無邪気に発表していた。わたしはお腹から太るタイプだから、服を着ていればそんなに体重の増加は目立たない。それでも、みるからに酒好きの脂肪の付き方をしてしまった30歳女の体は、それだけでストレスになってしまいそうだった。ダイエットをするしかなくなった。

阿佐ヶ谷駅から10分ほど歩いた住宅街に引っ越したばかりで、駅からの帰り道にはちいさな飲み屋がたくさんある。ひとりで酒を飲むのが好きなわたしにとって、こんな魅力的なところはない。わたしは、とつぜん現れた誘惑と戦わなければならなくなっていた。引越しは、こうやって人生に新たな課題を与えてくる。

深夜、お店での勤務の帰り道、お腹が空いていて飲み足りなかったわたしは、朝までやっている居酒屋に入った。結局、明け方まで飲む。翌日、またやってしまったと後悔する。また体重計に乗り、そろそろマズいと思い知る。貯金を使い切って死ぬほうがマシなのではないか、もしかして大事なのは覚悟だけなのではないか?と、わりと真剣に考えていたことも忘れて、わたしは断食をすることにした。

飲むときは思い切り飲んで、食べるときは思い切り味わいたい。そのためには、メリハリが必要である。中途半端な食事制限をするよりは、100か0かの断食ダイエットのほうが自分に合っているのではないかと思い始めた。「食べない」と決めてしまえば、腹が減ろうが、食べ物のことを考えない。考えたって、食べられないから。そう思うと、いつもより読書に集中することもできた。運動も必要だが、シンプルに飲み過ぎだし食べ過ぎなのだ。

断食を新たな生活習慣にしていきたい。体重計を手に入れるのと手に入れないのとでは、ぜんぜん違うということが、まず分かったのだった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?