映画「怪物」を母親の視点で見てみたら。
こんにちは。小林おすしです。
Webライター、ときどき看護師。2児の母もやってます。
ライティングの練習をしたくてnoteはじめました。
このnoteは小林のぼやきと気付き、ときどきお役立ち情報をお届けします。
世の中にはこんな人もいるんだなぁと思って、気が向いた時にお付き合いしてもらえれば嬉しいです。
さて、本日のテーマはこちら
『映画「怪物」を母親の視点で見てみたら。』 です。
実は、3日前に映画館で「怪物」を見に行きまして。
衝撃と感動と、それからグルグルした感情が止まらないんです。
なので、思いつくままに、ぼやきます。
それでは、はじめます。
※この記事は、映画「怪物」のネタバレを含みます。
ネタバレされたくない方はここで記事を閉じてください。ネタバレokの方のみ、このまま読み進めてください。
映画「怪物」は誰もが見るべき名作です
映画「怪物」。
第76回カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞したこの作品は、誰もが見るべき名作です。
公式発表のあらすじは、次の通り。
登場人物によって見えている世界も、真実も、違う。
当たり前のことを、ここまで表現できるのは天才だと思います。
本当に、感情が、揺さぶられた。
取り繕う余裕なんて、ありませんでした。
「息子を愛するシングルマザー」に思いを馳せる。
この映画に出てくる「息子を愛するシングルマザー」。
安藤サクラさんが演じる彼女は、とても立派な母親です。
事故で先立った夫を憂いて取り乱すことも、
理解不能な行動をとる息子を責めたり追及したりもせず、
ただ、淡々と、日々の平和を守ろうとします。
息子を傷つけた(と思っていた)担任教師や、問題を隠蔽しようとする校長に対しては牙を向く姿も描かれています。
しかし、それは息子への愛ゆえの行動。
息子を見守りながら、見えないところで戦う姿は、まさに「いいお母さん」そのものでしょう。
しかし、彼女が「いいお母さん」であればあるほど、理解ある行動をとればとるほど、
愛する息子をどんどん追い詰めていってしまいます。
「普通でいいのよ、普通で」
劇中で出てくるこのセリフで、息子を苦しめているとも知らずに。
そして、彼女は、息子を失うことになってしまうのです。
映画公開まで隠された、息子の「性自認」
実は、彼女が愛する息子には好きな人がいました。
それは、クラスメイトでLGBTQの「よりくん」。
よりくんと過ごし、よりくんに惹かれる過程で、彼は自分もLGBTQであることに気付きます。
でも、そのことを周りには言えなかった。
「男らしく」を当然のように唱える、担任教師。
よりくんを「豚の脳」と罵り虐待する、よりくんの父親。
よりくんを嘲笑の対象として、イジメるクラスの男子たち。
「お父さんのように」「普通でいいのよ」と願う、母親。
周りの悪意のない行動が、彼を追い詰めます。
自分を守るために、
今ある日常を守るために、
彼は何度も嘘を重ねます。
苦しむ彼が救われるきっかけになったのが、校長先生と吹いたトロンボーン。
怪物のような音色を奏でた後、彼は自分の思う道を歩んでいくのです。
息子を愛した彼女に救いはあるのか?
この映画の結末は、多くを語りません。
しかし、息子が望んだ世界に、彼を愛したお母さんの姿はありませんでした。
息子を全力で愛して、理解しようとして、それなのに一緒にはいられない。
こんな結末で、彼女に救いはないのか?
息子を失った彼女は、何を思うのか?
2児の母親である自分は、どうしても、ここから抜け出せずにいるのです。
まさに、思考の無限ループ。
安藤サクラさん演じる彼女が救われる未来は、きっと息子が救われない。
わかっているけど、もし、自分が彼女だったら?
知らない間に息子を追い詰め、彼を失う形でしか救えないとしたら?
そんなことを考えると、うちの息子との時間があまりにも愛おしくて、泣きたくなる。
彼らがいない世界では、きっと、自分は生きられないと考えてしまうのです。
それでも、生きていくしかないとしたら。
息子を愛した彼女が、あの結末のあとどうなったかは、誰も知りません。
それでも、もし、生きていくしかないとしたら。
息子が自分の思うままに歩んだこと
自分の世界に旅立ったこと
その真実を受け止めるしかないのかなぁ。
ここは、まだ自分の中で答えが出ません。
もう一回、映画館に行ってこようかな。