日記#96【ホームメイド家族のKUROさんの魅力を語りたい】
第96回。この記念すべき会はHOME MADE 家族のKUROさんについて語ると決めていた。本当はグループのと個人のとHOZEさんとSoundCloudに挙げている曲を全部一つ一つ魅力を紹介していきたいのだが、そんなのは誰も読んで聞いてくれないと思うので、Youtubeに上がっているものから、グループの曲と個人の曲ひとつづつ上げようと思う。ここで上げた考察は私個人の解釈なので気休め程度にきいてください。
サルビアのつぼみ
この曲はサルビアの花言葉に”家族愛”という花言葉があるように家族への愛を歌った曲で、HOME MADE 家族の代表曲の一つだろう。(ライブでの We are the gifted one の時の動きは手話となっている)
KUROさんは、文学的な表現を得意としており、「ふとしたしぐさが母と似てきた いつしか口癖が父と似てきた なんだか不思議な気分 くすぐったくて思わず否定する自分」この歌詞で皆の頭にも情景や絵として頭に思い浮かぶのではないだろうか。お父さんに似てるね、お母さんに似てるねと言われ、うれしいような気持ちでありながらも似てないですよと否定した自分をあなたは思い浮かべることだろう。「鏡に映る二つの顔が物語る僕は誰なのかを」よりリアルに情景が思い浮かぶことだろう。目は母に、鼻は父に、いないはずの二人の顔がうっすら見えるほどの自分の顔。「僕らは生を授かった名いっぱい生きるために…」顔が似るとは父と母から生をもらった証拠であるということなのだろう。(二人の間に生まれ名字である性を授かると言う意味もこめられているのかもしれない)直接的な表現をせずに事細かに浮かぶ情景はまるで小説でも読んでいるよな気分になる。
KININARU
ネットの海に瓶を詰めて音楽を投げて、誰かに届くことを願うプロジェクトであるミュージック・イン・ア・ボトルの第1弾であるKININARUを紹介したい。この曲を最初聞いた時私の体に風穴を広げられた。KUROさんの曲は風穴を開けさせたのもきずかせないような曲も多々あり、注視しなければすごさに築けないほどさらりとぶち込んでくるラップなのだが、この曲は注視して聴こうとしても、ずっと”きになる”で踏んでいるため注視ができなくなってしまう。100回以上聞いた私が、やっとこさで注視してきづくことができたことを書いていこうと思う。
まず、バース1で陽気でありバース2で陰気になり、陽と陰になっている。夏の盛りを超え秋になり、次のバースで一葉が落ち枯れ木になり冬になっている。「ツキが欠けたらさ 潮時になる」運の事ツキともいうものと潮の満ち引きは月の引力なのでそれも関係あるかも。HOOKは日立の[この木なんの木]のサンプリング。腐ったら負け 人間と木のダブルミーニング。これ以上は私の語彙力と集中力では無理そうなので、ここで切り上げたいと思う。この曲は1000回聞いても新しい発見がある曲であるので皆さんもぜひ聞いてみてほしい。