大阪の名店の味は、若かりし日々の思い出の味だった(千日前〜道頓堀界隈編)
5年前の11月、いろんなことが嫌になって僕は日本を飛び出しました。
離婚した両親、母とは音信不通で父とは絶縁状態だった僕にとって、マンションのすべての荷物を引き払って大阪を出ることは、故郷を捨てることであり、それに付随する思い出を記憶から消し去ることを意味していました。
そして今、5年ぶりに帰ってきた故郷の大阪を、心の赴くままに散策して、そして食べ歩いています。
そんな毎日の中で気づいたこと。それは「大阪の名店の味は、僕の思い出に紐付いた味だった」ということでした。忘れたはずの思い出は、味覚として記憶の中にかすかに残っていたのでした。
僕の大阪での41年間は、多かれ少なかれ、大阪の、ミナミの名店の味に紐付いていました。
そのことが僕に与えてくれたとても穏やかな時間のことを少しでもシェアさせていただきたくて、ここに「千日前〜道頓堀界隈」で、この一ヶ月間の間に僕が訪れたお店とその味を、僕自身の取るに足らない、ちょっとしたエピソードを交えつつ、ご紹介させていただくことにしました。
味、歴史、そして佇まいー三拍子揃った「道頓堀今井」の親子丼定食
大学生の頃、バイトがない土曜日の夜はよく仲間と道頓堀の戎橋=通称「ひっかけ橋」でナンパをしたものです。阪神タイガースが優勝したり、サッカー日本代表がW杯で決勝トーナメントに進出したりした時に、道頓堀川に飛び込む人が訪れる、あの橋です。
「お、あのこめっちゃええやん。お前の好みやろ、いけや」「いや、もうちょいオッパイデカイほうがええな」。そんな下品な会話を繰り広げながら、往来を歩く女性を、橋の欄干にもたれかかって何時間もずっと眺めていたものです。
その「ひっかけ橋」から道頓堀の目抜き通りを千日前の方に向かってすこし歩いたところに「道頓堀今井本店」はあります。
きらびやかなネオンサイン、日本語だけでなく、中国語、韓国語が飛び交う大阪の一大観光地道頓堀にあって、「今井」は一種の気品をたたえてひっそりと佇む上品な構えのお店です。
そんな今井の歴史は、芝居茶屋として創業した文化12(1815)頃にまで遡ることができると言います。まさに老舗中の老舗、です。おうどんを供する今のスタイルのお店になったのは、戦後すぐの昭和21年。歴史の重みがその佇まいに現れているかのようです。
とはいえ、道頓堀界隈がそうであるように、周囲の他のお店に比べて仰々しい派手さはないし、パット見たところ見栄えがするわけでもない。だから初めてこの道頓堀を歩く人は、この街のあまりの喧騒に気を取られて、一等地のメインストリートに面した「今井」に気づかずに、その前を通り過ぎてしまうかもしれません。
けれど「今井」は昔も今も、すれ違った後に気づいてなんだか振り返ってしまう、気品あふれる淑女のような佇まいで、ずっとそこにありつづけています。
スタイル抜群で、向こうから歩いてくるだけですぐ目に止まってしまうような、モデルのような美人でもなければ、全ての男性の視線を独り占めにしてしまうような、セクシーな美女でもない。
でも、通り過ぎた後になんだかふと振り返ってしまうような、そういういう美しさを湛える佇まいのお店です。
料亭のように見えなくもない「道頓堀今井」。随分お高いんじゃないだろうか…。そんな不安をいだきつつ、勇気を出してその暖簾をくぐってお店のなかに入ってみると、引き戸一枚を隔てた往来の喧騒がうそのような、静かで上品な、そしてとっても優しいお出汁の香りに満ちた空間が、僕たちを迎えてくれます。
初めてこのお店に入ったときのあの鮮烈なイメージ、なんらかの結界に入ったかのような、外界とかけ離れた彼我の空間のギャップは、今も忘れることができません。
今井に来たら、ぜひおうどんとセットで絶品お出汁の「親子丼」をオーダーしていただきたいです。お店に入った時の幸せなお出汁の香りがお口の中に広がって、本当に幸せな気持ちになることができます。ふわふわの卵とじ、柔らかい鶏肉、すべてがとっても易しくて、上品で、そして素敵な味わいです。
もちろん、名物の「うどん」をセットで。今井でいただくお出汁の味は、お店の雰囲気と相まって、この複雑な芸術のような趣さえある食文化を有する日本で生まれ、そして関西で育ったことを心から感謝させてくれる、ここでしかいただくことのできない逸品です。
「大阪的」の極北ー「北極星」のチキンオムライス
道頓堀川沿いを西へ、かつて「湊町」と呼ばれていたエリアに向かって少しずつ「いかがわしさ」が増してくる一帯を歩いていると突如現れる、数寄屋造りの粋な建築が目印の大阪の老舗、それが日本の「オムライス」の発祥である「北極星道頓堀本店」です。
個人的には少しお店の混雑が落ち着いてきた時間帯に、よく手入れされた中庭を眺められるダイニングスペースのお座敷で、ゆっくり足を伸ばしながらのんびりとオーダーしたチキン・オムライスを待つ時間が至福でした。
北極星はただ単に「うまいオムライス」を食べさせるだけの店ではありません。そういうお店は、本稿では基本的に紹介してはいません。
東アジアからの外国人旅行者向けの「ドン・キホーテ」や「ドラッグストア」、飲み屋、ラブホテル、ピンサロ、そして安くてうまい「くいもんや」がモザイク状に入り乱れる街、大阪ミナミ。
北極星のあるエリアは、そんな典型的な「大阪的猥雑さ」に似つかわしくない数寄屋造りの「粋な」店構えで訪れた人を出迎えてくれます。
名物「オムライス」のお味もさることながら、この街が持ついかにも大阪的モザイク感も経験していただきたくて、はるばる大阪を訪ねてくれたお友達にはまず必ず「北極星道頓堀本店のオムライス」をおすすめすることにしています。
大阪とオムライス。残念ながら多くの人にこの組み合わせはいまいちピンとこないようです。
だから「うーん、やっぱり串カツ行っちゃったー」っていうご報告をいただくことが常だけど、行けばちょっとだけ「大阪ツウ」になった気になれること請け合いの「北極星」。ぜひいつか訪れて欲しい「地元民に愛される名店」の一つです。
はり重がある休日ー「はり重カレーショップ」のビフカツカレー
「何が食べたいんかようわからんけど、なんか美味しいもんが食べたい!」と思った給料日後の休日のお昼下がり、一番最初に脳裏を横切るお店が「はり重カレーショップ」だった、というのはなかなか幸せな30代男性一人暮らしの特権だったと思っています。
道頓堀川の南岸で御堂筋沿いという絶好のロケーションにあって、昔も今も変わらない味と店構えの洋食屋さんが「はり重」とその姉妹店(?)である「はり重カレーショップ」です。
なんば駅のターミナルを出て御堂筋を北へ徒歩約10分。「なんばマルイ」が「南街会館」だったときよりも遥か前からずっとこの場所で極上の牛肉を販売し続けている「はり重」併設の洋食屋さんの「ビフカツカレー」がうまくないわけがなく、カレーの気分じゃない時はエビフライだとかコロッケだとかオムライスだとか、豊富なメニューの中からその時の気分の洋食を選んでいました。
お値段は1000円前後と、男一人で食う昼メシとしては決してリーズナブルというわけではなかったけれど、なんばという適度な「お出かけ感」と、ねらってないのに昭和レトロ感満載の店内と、そしてちょっと豊かな休日の午後というシチュエーションも込みで考えてみると、決して高い出費とは思われません。
「はり重カレーショップ」といえば歯で噛み切れるくらい柔らかい(噛みきれないこともある)絶品ビフカツが乗った「ビフカツカレー」一択のような気もしますが、「ビーフワン(牛丼の卵とじ)」ももちろん捨てがたいですし、何より僕のような、ちょっとした休日の昼下がりを満喫したい30代以上の男女には、それ以外の「洋食」もとても華麗な選択肢で、何回行っても飽きるということがありません。
お好み焼きだからお好みでー「お好み焼き三津の」の山芋焼き
「おすすめのお好み焼きはなんですか?」と聞かれればもちろん「お好みで」と答えざるを得ない。だって「お好み焼き」なんだから。
大阪人の僕にとって、観光で大阪に来てくれた知人・友人からの「おすすめのお好み焼きを教えて下さい」という質問ほど、野暮なものはありません。失礼だけれど。
が、オススメの「お店」はどこですか?というご質問には迷わず「三津の」と即答したいと思う。道頓堀のちょっと外れ、一軒ほどの狭い間口の名店は、そこに行列がないと思わず見過ごしてしまいそうな、昭和20年創業の、ちょっと控えめな店構えの老舗です。
「三津の」をおすすめしたい理由は実にその「無骨さ」にあります。いい意味で「媚びてない」んです。
目の前の鉄板で焼かれるお好み焼きは、他のお好み焼きチェーン店のように、訓練された社員さんによって美しい真円に整形されてペタペタと一定の厚さで焼かれて供されるわけでもなければ、幾何学模様のようなソース・マヨネーズのトッピングもありません。
いってみれば「焼きっぱなし」「青のり・かつぶしかけっぱなし」「ソース塗りっぱなし」(ちなみに僕は青のりがあまり好きではないので青のり抜きをお願いします)。具も「豚肉・イカ・エビ…」といった極めて王道のものばかり。名物「山芋焼き」にしても「ねぎ焼き」にしても、びっくりするくらい無骨で、色気もしゃしゃりもありません。
でも、間違いなく「うまい」んです。どれを注文してもうまい。絶対にうまい。それこそ「メニューの中からお好みで選んでやー。どれ食うてもうまいさかい。」と暗に言われているみたいです。
生まれてこの方、ここで数え切れないくらいのお好み焼きを、数え切れないほど沢山の人と食べましたけど、どれを食べても後悔したことなんて一度もありませんでした。
そんな走行守、三拍子揃った「美津の」にただ一つだけケチをつけるとするなら、やっぱり「ねぎ焼き」に関してだけは十三(「じゅうそう」と読みます)の『やまもと』しか勝たん。それ以外は、大阪でお好み焼きを食べたいなら、100%『三津の』一択。僕にとってはそんなお店です。
昭和レトロは母との思い出ー「純喫茶アメリカン」のコーヒーと絶品ホットケーキ
大阪=コナモンのイメージがあるのなら、たこ焼き・お好み焼き・うどんもいいけど「純喫茶のホットケーキ」を語らないと大阪ツウとは言えないな。そんな気がしています。
そして「純喫茶」「ホットケーキ」ときたら、やっぱり『純喫茶アメリカン』をご案内しないわけにはいきません。
小学生の頃。日曜日。お母さんに連れてきてもらったなんばで、映画を見て、買い物して、喫茶店でホットケーキを食べさせてもらう。この「ゴールデン・ルート」は、今はもうどこにいるかわからない母のことを思い出す時、必ず僕の脳内を駆け巡る鮮烈な記憶だったりします。
そんな記憶の中の僕は絶対に、千日前の「純喫茶アメリカン」にいて、ちょっとだけ疲れたお母さんの顔を前にしながら、オレンジジュースと名物のホットケーキをぱくぱくと食べているのでした。
はちみつでもメイプルシロップでもない、ガムシロップともちょっと違う、さらっとした甘さ控えめの透明な蜜をかけていただく、ひとつひとつ丁寧に手焼きされたふわふわのホットケーキの味。控えめなBGMのクラッシック音楽、そしてあまりに「昭和な」店内のインテリアが映像として「ぱー」っと蘇ってくる純喫茶アメリカンは、思い出すたびに、僕の五感すべてを刺激してきます。
「昭和レトロ」という言葉が手垢のついて擦り切れた、チープな表現に過ぎないと思わざるを得ないくらい、『純喫茶アメリカン』のインテリアは年季と気合が入っています。
それこそ昭和レトロという言葉が膾炙する遥か昔からずっとそのままの形で ー 少なくとも僕の記憶が辿れる限りは ー あり続けているんです。
このインテリアを観るためだけに、ここに来てもいいんじゃないか?そう思えるくらい、それはもう見事な「昭和感」です。もちろん、そんなことはとてももったいないことなので、絶品ホットケーキを注文してほしいのだけど。
ずっと思い出したくなかった母のことを思い出させてくれるこのお店を、成人してからずっと僕は避けてきました。
そして今年のお正月、やっとこの店に戻ってくることができました。
記憶の中でなく、実際にそこにいて、静かに名物のホットケーキを頂いた僕。あの時のオレンジジュースはブレンドコーヒーになり、母は目の前にはいなかったけれど、純喫茶アメリカンのホットケーキはやっぱり、絶品でした。
ナポリタンならぬインディアン?!ー「自由軒」の名物カレーとポテトサラダ
昭和レトロを語るなら、『純喫茶アメリカン』と同様か、それ以上に『自由軒』は外すことのできない重要な名店なのですが、その前にこの店の名物である混ぜカレー、その名も「名物カレー」の話をさせてください。
この独特な見てくれのカレーライス。ネットなんかを見ると、「自由軒 名物カレー まずい」みたいな記事がしばしばヒットします。
でもね、自由軒のカレーは唯一無二の「自由軒のカレー」なのであって、それ以上もそれ以下もありません。そもそも他のカレーと比較の対象になりえない、並列できない存在なんです。
それは言ってみれば、「お母さんのナポリタンと高級イタリア料理店のナポリタン、どっちがうまいか?」という問いに似ています。
まず、おふくろの味と高級イタリアンを比るナンセンス、そもそも高級イタリア料理店でナポリタンが食べられると思っているナンセンス。
自由軒の名物カレーは、土曜のお昼ごはんにばあちゃんが作ってくれたナポリタンに、粉チーズをたっぷりかけて、ケチャップとソースをこっそりと足して、「そんなに塩辛くして!」って怒られながら食べる、そんなナポリタンの思い出に紐づいた味なんです。
ナポリタンに粉チーズをかけるように、「名物カレー」にはお店のテーブルにぽんと置かれた特製ウスターソースをちょびっとかけていただきたいところ。
そしてサイドディッシュには「ポテトサラダ」をチョイス(ハムサラダでも可)。シャキッとした玉ねぎとおいものごろごろ感が残ったイマドキのポテトサラダとは違って、ペースト状になるまで潰したポテサラはふわふわで、「そうやんな、こういうポテサラもアリやんな」と食べながら思わずニヤッとしてしまいます。もちろんカレーとの相性も抜群です。ウスターソースとの相性も◎。
で、「昭和レトロ」の話なんですが、このお店の店内、本当にぜひ一度実物を見ていただきたいです。なので、店内の写真はここには載せません。
大正生まれのなにわの文豪「織田作之助」が愛したという名物カレーを出す店です。お店の年季の入り方も格が違います。扉を開けてお店に入った瞬間の「えっ?」っという感じは、僕の拙い筆力では描写することの能わない、唯一無二の代物です。
ウエイトレスの淑女たちの上品な「船場言葉(かつての大阪の商業中心地船場で話されていた大阪弁)」は無形文化財レベル。何もかもが老舗の名にふさわしい風格を醸し出している、大阪随一の名店です。
あと余談ですが、店員さんと通なお客さんは名物カレーのことをナポリタンならぬ「インディアン」と呼びます。ウソみたいなホントの話です。
ナンバーワンよりオンリーワンー「たこ焼き道楽わなか」のたこ焼き
「どこのたこ焼き屋が一番うまいか?」で小一時間くらいは盛り上がれるのが大阪人。そして、その「ナンバーワン」はたいてい「うちの近所のたこ焼き屋さん」だったりします。
みんながそれぞれに「ナンバーワン」を持っている。それが大阪のたこ焼き屋であり、大阪人にとってのたこ焼きというものじゃないでしょうか。
ただ、ここは大阪ミナミなので、いわゆる「うちの近所の」というカジュアルさからはいささかかけ離れた有名なお店が揃っています。
そんな中での個人的なイチオシは、ベタですけれど「たこ焼き道楽わなか」です。しかも「なんばグランド花月」の隣の、あの(ちょっとこ汚い感じの)「たこ焼き道楽わなか千日前本店」。ここが僕にとっての「ナンバーワンよりオンリーワン」なたこ焼き屋さんなのです。
わなかのたこ焼きは、ぼくがまだ将来の不安も何も感じず、顔を上げ、しっかりと前を向いて歩いていた時代に、友達と、彼女と、あるいは一人で、いつも立ち寄っていた店でした。
隣に金龍ラーメンがあり、すぐ近くに「アムザ1000」があり、「虹の街」から上がって右に曲がったところにあるこの店は金がなかった当時の僕にとっては「小腹が空いたらわなかで」「困ったときはわなかで」な、使い勝手の良いお店でした。
ただし味は妥協してません。ミナミのど真ん中という「たこ焼き激戦区」で何十年も店を構え、勝ち続けているたこ焼き屋のたこ焼きがそもそも美味くないわけがありません。
たこ焼きをオーダーしたら「店内で」を忘れずに。そのまま向かって右手の、グランド花月とわなかの間の細い路地を入ってすぐのところにある分かりにくーい入り口から中に入って、生ビールを自分で注いでアツアツのたこ焼きを頬張る幸せは、仲間がいることの幸せ、好きな人がいることの幸せ、一人の時間の幸せ、いろんな形の「幸せ」を、僕にもたらしてくれたものです。
「ミシュランに認められたB級グルメやから」とか、そういう理由でいくんではない。ただシンプルに「わなかやから」行きたくなる。アムザ1000の前に上がって出てくる、あのエスカレーターに乗って。
あとがきー大阪の街的な名店ということ
最後までお読みくださってありがとうございます。
ここで紹介させていただいたのは、大阪に住む人からすれば別に珍しくもなんにも無いいわゆる「ベタなお店」ばかりです。ちょっとしたガイドブックにならだいたいどの本にも載っていたり「大阪 難波 食べ歩き」くらいの検索ワードでわんさかヒットしてきたりするような。
「大阪の顔」であり続けるこれらのお店に共通することってなんなんだろう。どうして大阪に帰ってきてすぐ、これらのお店にふらっと足を運びたくなったんだろう。ずっと考えていました。
そしてそれって「ずっと変わらない味を出し続ける」というところに、その理由があるんじゃないか?ということに気が付きました。
変わらない味を出し続ける、ということは、それと分かるくらい何度か足を運んでいなければ認知することができません。そういう大衆的なお店が供してくれるものって、なんなんでしょう。
それが「そのお店の味に紐付いた思い出」なんだろうなとおもいます。そしてそれは、そこを訪れた人の数だけあるということです。みんなが同じ味を経験しているのにも関わらず。
その店で過ごす時間が、そこを訪れた人々の日常の一コマを切り取ったような、誰のものでもない、固有の、自分だけのかけがえのないものになるということ。そういうものの積み重ねが、その人の思い出にだけ紐付いた名店の味になっていくのかもしれません。
洗練されたインテリアで、最高級の食材と一流のシェフを揃えた高級なレストランには、「ふだんづかい」という選択肢はありません。それは人生に数回しか経験できないような特別な場所における特別な思い出で、そういうのは、ここで紹介させていただいたお店とはまた別の文脈で語られるべき種類のものなんでしょう。
そういうのは「非日常」であり「よそ行き」であり、「若かりし日々の思い出の味」とはおよそ対極にあるものです。
そういう日常生活の延長上の味のようなものをずっと守り続けているからこそ、まっさきにそこに行きたくなる。そしてあの、楽しかった日々の思い出に身を寄せたくなる。そういうものを食べに行く。
あれから四半世紀が経った今、ようやく本当の意味での「大阪の名店の味」がわかるようになってきた、そんな気がしています。
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