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かわいいの定義

中学生の頃だったか。
エッセイを読むと、「かわいい」とは体のいいその場しのぎの挨拶言葉に過ぎないと書かれていた。
口にしたところで実はそこに気持ちはなく、持ち物や、ファッションをとりあえず褒める。
「かわいい」と言っておけば人間関係をスムーズに進ませるための便利な言葉なのだと。
なるほど、そういう感じ方もあるのかと思ったのを覚えている。

そんな思いを抱いた人がいようがいまいが、「かわいい」という言葉はいつのまにやら世界共通の日本語となってしまった。
外国語に混じって「Kawaii」が使われることに多少なりとも違和感を感じてしまうのは、前述したことが頭によぎってしまい、本当にそう思っているの?と疑ってかかるようになってしまったからだ。
――多感な頃に取り込んだ情報は後になっても引くものだ

今日、祝日とあって新宿の人出は多かった。
仕事と思われる人はほとんど見掛けず、誰もカジュアルなファッションに身を包み、思い思いの休日を過ごしていた。

イベント広場で足を止めている人たちがいたため見てみると、その人たちが見つめていたのはピーポくんだった。
警視庁のゆるキャラピーポくんだ。
幼稚園くらいの子どもを連れた数組の家族が、一緒に写真を撮ろうとしているところだった。
写真を撮ると、なにやら記念品めいたものがもらえるようで、側にはスタッフの人が待機していた。

そのピーポくんは、かなり年季が入っているのか、お世辞にもきれいとは言いがたく、とてもくたびれた印象だった。
一緒に写真を撮ろうよと、子どもにおいでおいでと手招きしている姿は、私の目にはホラーにしか映らなかった。
そのとき、「かわいい」ひとりのお母さんがはっきりと発した。
私は驚き、戸惑いを隠せなかった。

瞬間、思い出したのは、子どもが小さなときに訪れたサファリパークでの出来事だ。
サファリバスに乗ると、動物たちに餌を与えることができる。
立ち上がって食らいつく熊も、牙を見せながらかぶりつくライオンも、私には恐怖だった。
しかしここでも「かわいい」を連発する女が登場する。
動物と一括りにしているが、実のところ餌を与えるのはどれも猛獣だ。
リアルで、生肉にかぶりつく姿のどこがかわいいのだろうか。
プーさんに見えているのか、大きめの猫に見えているのか、どんなフィルターを通せばかわいいと思えるのか理解に苦しんだ。

結局の所、「かわいい」とはなんなのだろうか。
くたびれたゆるキャラも、腹を空かせた猛獣も、「とりあえず」かわいいなんだろうか。
楽しいとか、すごくいいとか、そういったニュアンスを含ませてのかわいいなんだろうか。
ストレートに「かわいい」の意味であれば、感じ方は人それぞれなためこれ以上言うことはなくなってしまうのだが、仮に違う意味合いを持たせるのであれば、もう少し違う言葉のチョイスはあったように思う。
とりあえず感が否めず、素直に受け取ることのできない「かわいい」は、やはり便利に使われているような気がしてならない。
こんなことを考えてしまうなんて、発せられた言葉をそのまま真に受けてしまう私が愚かなのかもしれないのだが。

世界では、なにをKawaiiと感じるのだろうか。
もっと斬新なキャラクターも、もっと獰猛な動物もいることだろうし、現実とのギャップにはより激しく動揺することだろう。
世界で使われるKawaiiこそ、その意味はより不安定で、より違和感を感じることが多いのかもしれない。
私と同じように、そんなものが?と困惑する人も少なからずいることだろう。

言葉は面白い。
ほんの一言がこんなにも世界に広がり、意味を変え、浸透していく。
辞書通りではない言葉の使い方も受け入れるだなんて、言葉は寛大だ。
意味に固執している私は、まだまだ柔軟性が足りないのかもしれない。
今少し、耳を立てて色んな言葉を聞いてみれば、きっともっと「かわいい」が見えてくる。

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大須絵里子
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