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思いやりタクシー

あらかたの用は済み、
スーパーと八百屋さんに寄って
食材を買って帰ろうと
自転車で坂道を上っていた。
ゆっくりと走るオレンジ色のタクシーが見え、
私はそっと後ろから近づき
タクシーの動きに合わせてついていく。

後ろから見ていて
イライラしているのが伝わってくる。
なんとか前の車を追い越したいらしい。
狭い一方通行の道ではできるはずもないのに
右へ左へと小さく車を動かして前へ出ようとしている。

キッと音を立ててタクシーが急ブレーキをかけた。
坂のちょうどてっぺんになるその場所は
交差点になっていて、
見ればオレンジタクシーの前は
オリンピックに合わせて登場した
黒くて丸っこいトヨタ車のタクシーが停まっていた。
坂の下から見上げても
オレンジに隠れて見えていなかったのだ。
なにが起こったのかと思ったが、
オリンピックタクシーはすぐにまた走り出した。
オレンジタクシーはイライラを周りに撒き散らしながら
そのままぴったりとオリンピックタクシーについていく。

私もそのあとに続いてみれば、
道路には「一時停止」の文字が大きく書かれていた。
堂々と違反するオレンジの動きに驚いたのも束の間、
やがてオリンピックタクシーは建物の前で
ハザードを点けて停車した。
すぐにお客さんが降りるんだとわかるものだが、
オレンジは納得がいかない。
クラクションを鳴らして威嚇している。

ここは視覚にハンデのある人が使用する施設の前だ。
昔からある建物で、私も子どもの頃から馴染みのある風景だ。
いつか中に入ってみたいと幼少から思っているが、
未だに叶っていない。

ここで停まるということは、
目の不自由な人が降りてくるということだ。
きっとオリンピックタクシーの運転手さんが
急がなくて大丈夫ですよと言葉をかけていることと思う。
大きな音で急かされていることは
ハンデのある方の方がより敏感なのではないだろうか。

オレンジも仕事だ。
なにか事情があるのかしれない。
しかしはたから見ていると
我が物顔なタクシーにしか見えず、
周りの歩行者も
嫌な雰囲気に眉をしかめる気分だったと思う。
同業者なのだから事情もわかるだろうに。

私はそんな場面を横目に
するりとタクシー2台の横を通って
目的の店へと向かった。
もう少し、思いやりが欲しかった出来事だった。

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大須絵里子
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