
モスキート
年を取ると聞こえなくなるらしいモスキート音。
私は中年だが、高音でキーンと鳴るあの音が
聞こえることがささやかな自慢だった。
――私はまだ大丈夫
ビルの入り口なんかに意図的にその音を流し、
若者などがその場にたむろしないように
利用されていると聞いたことがある。
確かに駅近くのビルの出入り口を通ると
あの音を耳にすることがある。
そして都度、私はほくそ笑むのだ。
昨日、ふと小さな文字の一画が見えなくて、
メガネ越しに近づけて、遠ざけて、
尚見えなくて、裸眼で間近でようやく見えた。
近くで見えたのだから老眼ではないよね?
そして気が付いた。
最近モスキート音を聞いていない。
聞いていないのか、聞こえなくなったのか。
私の気持ちと現実とが乖離していないだろうか。
突如湧いて出た不安に向きあう勇気が無い。
これはしばらく、あのビル近くへ行くのはやめておこう。
モスキートがいるから、やめてこう。
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