見出し画像

梅雨明けホットケーキ

予定があり、朝から出かけた。

夏になり、メイク崩れが気になり出したこの頃、ネットに防ぐ方法の記事が載っていたから早速試してみることにした。
目元はしっかりと、油分の多い箇所(私はTゾーン)は薄めにファンデーションを塗る。
余分なファンデーションをティッシュでオフしてから、フェイスパウダーを乗せた。
いつもはファンデーションを塗ったあとはてっかてかで、その上にフェイスパウダーを付けていたのだが、
今日は全体的にマットに仕上がり、しっかりと肌に吸着しているような気がする。
例えば美容院で若い美容師さんと鏡越しに顔が並んだ時、美容師さんのハリ艶に対して、自分のかさつき具合にショックを受ける。
それに少しでも抗いたくて、多めに塗っている節はあった。
しかし暑さでよれて崩れて、更には笑い皺にはファンデが詰まり、見るも無惨な自分の顔で美容院を後にする度に、年のせいだと落ち込むしかなかった。
マットな仕上がりがいいか悪いかは判断つかないが、帰宅するまで崩れることがないといいと願いながら家を出た。

用が済んで11時。
アップダウンの多いその街を日傘を差しながら歩く。
遠くを見上げれば青空が広がり、そこここのビルの合間からは正に夏という日差しが差している。
今日、もう梅雨が明けたらしい。
激しい雨は降ったが、しとしとと梅雨らしい雨は果たして降っただろうか。
あっという間の梅雨明けに、道の紫陽花も所在なさげだ。
先日上野公園で見た小振りの青や紫のとは違って、白い花が寄り添って大振りな丸を作って咲いている。
この日差しの中、茶色く朽ちていくだけなのだろうか。
花に、葉に、水滴が乗った姿を想像し、今さぞ不安だろうと淋しく思えてならなかった。

真夏になるまでは、例え気温が上がろうとも長袖を着続けることにしている。
「ちょっと涼しい」が苦手で、それなら例え暑くとも「絶対に寒くない」を選びたいからだ。
しかし今日は遂にこの季節初めて半袖を着て出かけた。
腕に日焼け止めをしっかりと塗り、日傘でカバーして、上からの熱を遮断するも、アスファルトの照り返しで下から熱が上がってくる。
半袖であっても熱い午後、じりじり、じりじりと私を焼いていく。
額から汗がにじんでいるなと思った頃、上り坂の途中にある目的の店に到着した。

焼き上がるまで20分かかるホットケーキを注文した。
あとコーヒー。
まん丸で分厚いそれは、2段重ね。
シロップを垂らしてから、フォークで押さえ、ナイフを入れると、しゅわりと染み込んだシロップが滲み出てくる。
シンプルでクリームやフルーツなどは一切乗っていない。
丸い皿の上には、丸い黄金色のホットケーキだけが乗っている。
固めにしっかりと焼き上げられたホットケーキと、濃く深く淹れられたコーヒーは、とても美味しかった。
ハワイをイメージしたお店に度々行き、たっぷりのクリームやアイス、ゼリー、フルーツが添えられているホットケーキを食べることがある。
とても見映えがよく、確かに美味しいのだが、いつも途中で胸焼けを起こしてしまい残念な気持ちになることがある。
このホットケーキはそんなことは一切なく、シンプルな美味しさを噛み締めて味わうことができた。

店の外へ出れば12時を少し回ったところだ。
人通りの少なかったオフィス街は、いつの間にか多くの人で賑わっている。
相変わらずの暑さの中、駅へと帰路へつく。
——今度はプリンを食べに行こう

上って下って汗かいて、家に帰って鏡を見れば、マスクで隠れていた顔の下部分だけが汗をかき、メイク崩れを起こしていた。
丁寧に塗った表に出ている目元は崩れていない。
嬉しい驚きに私は笑顔になり、そして目元の皺にファンデが詰まっていないことも確認することができた。

ふと腕が熱を持っていることに気が付いた。
そらは夕方になっても治ることがなく、半袖はまだ早かったかもしれないと、ほんの少し後悔する。
夏になったことを実感し、そういえばと、紫陽花のことなどすっかり忘れていたことを思い出した。
あの確かに覚えた物淋しさなど一瞬のことで、なんと私は薄情なのだろうか。
まん丸のホットケーキを見て
——まるで紫陽花のよう
なんて情緒的なことを思えるような甘さがあればよかったのに。
じるじりと熱を帯びた腕をさすりながら、頭に浮かぶのは、丸い丸いホットケーキだけ。

いいなと思ったら応援しよう!

大須絵里子
よろしければサポートお願い致します。 製作の励みになります。