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乳がん告知

自分の番が来るまでの間、私は病院の待合室で不安と恐怖でいっぱいだった。
——乳がんだったらどうしよう
——乳がんだったらこの先どうなってしまうんだろう
——生活は?子どもたちは?
待つ時間はとても長くて、早くこんな状況から脱したい気持ちと、はっきりさせないことを望む気持ちとが入り混じり、そわそわとした時間が過ぎていった。

「GWはゆっくり過ごせましたか?」「はい。色々考えたり、調べたりはしましたが、ゆっくりと過ごすことができました」「よかった。実はね、今回の検査の結果で悪性が出てしまいました」先生が真剣な瞳で、私を真っ直ぐに見ている。私は落ち着いて事実を受け止めた。

これが事前にイメージしておいた告知の様子だ。
落ち着いて話せるように、間違っても「がんです」「がーん」とか言ってしまわないように、イメージトレーニングをしてから臨んだ。

現実の先生はとても早口だった。
診察室の奥には看護師さんが静かに立っている。
「人間ドックでしこりが見つかって、良性だろうってことで念の為ここ(病院)に来てもらったんだけどね」
まくし立てるように先生は続ける。
「検査の結果で悪性出ちゃったから」
思わず聞き逃しそうになるくらいのスピーディな流れの中に、キーワードが潜んでいた。
——告知した?
——今、告知したよね??
私が驚きと戸惑いを覚える中、いやまさか、聞き間違いだったのかなと思いかけたタイミングで「はいこれ」と1冊の冊子が手渡される。
受け取ると、それはパステル調の絵が表裏全面に描かれていて、文字は一切なく、外側だけ見ても、これがカバンの中に入っていたとしても可愛いノートにしか見えない。

果たしてさっきのは「告知」と言えるものなのかともやもやとした気持ちが残り、先生の「ひとり言」が聞き間違いではないのだとわかったのは、
私から冊子を取り上げて、先生がページをぱらぱらとめくったことで、ストレートな内容が目に入ってきたからだ。
この冊子のデザインは「乳がん」と気づかれない配慮だということを、すぐに察することができた。
外見からは何だかわからないただのノート。
素敵な表紙は人目を引き、何が書いてあるのがと覗き込まれる可能性が余計に増えそうに思えてならない。
製作側の気遣いが、裏目に出ていると私は感じ、そして告知が事実であったことを受け止めた。

先生の机の上にあるPCモニタの縁には、『告知をする時はひとりでは行わない』と大きな文字で印刷されたメモが貼られている。
確かに看護師さんも同席しているから反してはいないが、どうも腑に落ちない。
不安定な告知を受けた私に対し、先生はどんどんと話を進めていく。
生検によって「乳がんだ」という診断が下っただけであり、これから色々な検査を通して状態を見定め、それから手術になるらしい。
生検の結果でさえまだ十分ではなく、エストロゲン(女性ホルモン)への影響についても結果待ちの状態だそうだ。

乳がん手術において、胸を全摘出するのなら放射線治療は不要で、温存するのなら必要になると初めて知った。
放射線治療はがんなら誰しもが通るもので、「帽子をかぶる」という先入観を持っている。
私もそうなのか、どんな帽子にしようかなと、ぼんやりと思っていた。

乳がんの話をするにあたり、先生が繰り返す言葉があった。
「他の病院紹介するので、必要なら言ってください」
「紹介状書きますから」
仮に手術が必要になった場合でも、私はこの病院にお世話になろうと考えていた。
他の病院の良し悪しはわからないし、勝手知ったる場所の方が落ち着けることと、自宅からも程よく近いのが理由だった。
最初は大病院の方が安心でしょうという先生の謙遜だと思っていたのだが、
——あぁ、他の病院へ移ってほしいんだな
と考えるに至るには十分な程、繰り返し他院を勧められた。
何かにつけて「紹介状」と繰り返す先生に、見放されたような感覚が生まれてしまったのと、
この病院には放射線治療の設備がないことも後押しにもなり、私は他の病院を視野に入れることを心に決めた。

とりあえず病院の件は保留として、先に検査を進めておくことになった。
MRIとCTの検査だ。
しかし造影剤を使用するこれらの検査は、アレルギーや喘息があると受けることができないらしい。
私は咳喘息を持っているため受けない方がいいと判断され、MRIはやらず、CTは別の病院へ行って、PET/CTという検査を受けることになった。
来週PET/CTを受け、再来週にその結果を受けて、今後の方針を話し合うことになる。

ここまで具体的に検査の話になっても、自分ががんだという実感は全くない。
死ぬ気もなければ、命を大切にしなくてはとも考えていない。
——まずいことになった
自分は 病気とは無縁の、無敵な存在だと信じていた。
——これから何が変わってしまうんだろう
事実を耳にしただけの何も変わらない自分に、不安しか詰まっていない胸をぶら下げて、血液検査と止血検査(耳たぶに針を刺して血が止まるまでの時間を計る)を受けてから、病院を後にした。

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大須絵里子
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