哀れ激突女
駅と目的地との間を、人が流れていく。
行く先はそれぞれで、駅から発生した大きな流れは、道が分かれる度に小さくなっていく。
逆に駅へと向かう流れは、道が合わさる度に膨らんでいく。。
ふたつの流れが駅で一緒くたになると、人の数ははち切れんばかりだ。
私も流れに乗って駅へと向かっていた。
まだ午前中、人は足早に歩みを進める。
すると逆流してくる人が視界に入った。
年配の小柄な女性だ。
まるであえて人にぶつかりに来ているかのように、向きも早さも流れのそれに倣わず、次々と人にぶつかってこちらへと向かってくる。
見開いた目は何をみているのか、ただ一点を見つめて、人の体温に向かって突っ込んでくる。
私は咄嗟に避けたのだが、すいっと体を動かし、正面からぶつかられて、女はそのまま去って行った。
明らかな嫌がらせとしか感じられず、このコロナ禍で密着することや、あえての迷惑行為にイラッとくる。
しかし近頃の目標は気持ちに余裕を持つことだったと思い出し、どうにか自分の機嫌を直そうと彼女の事情を考えてみることにした。
トイレに行きたくて切羽詰まっていたのかもしれない。
遅刻魔で、今日遅刻したらクビなのかもしれない。
失恋したのかもしれない。
それどころか朝起きたら男に全財産持って逃げられていたのかもしれない。
そんなことを考えながら駅の改札を通り、ホームへと向かう。
階段を一段下りる度に、さっきの女性が可哀想に思えてならない。
真面目に(とても真面目で頭の固そうな女だった)生きてきたのに、出かける前に散々なことがあって、きっとやさぐれていたのだろう。
こうした迷惑行為は感心しないが、哀れな女のやむを得ぬ事情を思ったら許せてしまった。
というか、どうでもよくなった。
そうして電車に乗り、本を読んでいたらそんな女のことなどすっかり忘れ、私の心は無事健全に保たれたのだ。