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トンネル

国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。

あまりに有名な小説『雪国』の書き出しだ。

幼少の頃、近所で年上の子どもたちに混じって遊んだことがあった。
お兄さんお姉さんが言うには、「この建物の坂をすごい速さで走ると、別の世界へ行ける」らしかった。

道路に面した建物の駐車場には、車が入るための下りのスロープがあり、そこを走って下れば別世界へ行けるということだ。
私はまだ幼稚園児くらいだったと思う。
そんな話を真に受けて、これはすごいことだぞと胸が高鳴ったのを覚えている。
年上の子どもたちが、叫びながら次々にスロープを駆け下りて行くのを緊張しながら見ていた。

いよいよ自分と、同年齢の友人との番になった。
しんがりだ。

ではと意気揚々と、同じようにわーっと叫びながら走り出した私たち。
スロープの一番下まで駆け下りた時、
「うるさい!!!」
管理人らしきおじさんに思い切り怒鳴りつけられた。
周りに年上の子の姿はなく、小さな自分たちだけが怒られた形になった。

結局別の世界へは行くことができなかった。
それは自分の走るスピードが遅かったせいであって、あの坂がただの坂であるとは当時は全く思わなかった。
後にそういえばこんなことがあったなと思い出した折に真実に気付き、自身の成長を感じることとなった。

こんな思い出があるがために、私はトンネルを通るとどこかへ行ってしまうような気がしてならない。
雪国の冒頭でさえ、ちょっとしたファンタジーを感じる。
今の私は昔のようにわくわくはしないし、それどころか別世界へ飛ばされることは怖いことで、できれば避けたいと思っている。

そんなわけで今日もまた、車でトンネルを避けて遠回りになってしまったり、うっかりトンネルに入り手に汗握ったりと大冒険だった。
そう。大人になると別世界へ行かなくても、見知らぬおじさんに怒られなくても、大冒険ができるのだ。

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大須絵里子
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