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グリルの小窓

昨年末、私は心に決めていた。
今年は大掃除をやらないと。

秋の終わりには大掃除のスケジュール表を作らねばと思っていた。
家の部屋毎にやるべきことをリストアップして、勝手に担当者を家族に割り振るのだ。
リビングのカレンダーの下に表を貼り付ければ、集まった家族は「えぇ」とか「うわ」とか不満を含んだ声を発するが、実はまんざらでもないのを知っている。
そのまま放っておくと我先にと掃除を済ませて「済」に丸をつけて行く。
毎年12月頭には張り出して、中頃には終わっていることがほとんどだ。
担当の割り振り方が不平等で、私担当の箇所が異常に多くとも、家族のやる気を引き出すのと、家事に参加しているという事実があればそれでいい。
いつまでこのやり方が通用するのかわからないが、このやり方で数年大掃除というイベントを乗り越えてきた。

作らねばと思った秋。
作らねばと思った初冬。
もういいやと思ったクリスマスシーズン。

10月から非常に忙しくて時の流れがおかしく、連日なにかと用があっては外へと出掛け、疲れ果てて日にちが経っていった。
——もういいや。無理することない。
諦めた私はクリスマスだけに集中して、次に慌てて年賀状を仕上げて、もうそれで年内のなすべき家事は終わりのはずであった。
お節は初めて外のものを買って過ごすことに決めていたし、大それた料理をする必要もない。

そう思っていたのにまさかの大晦日。
うっかり手が動いてしまった。
何気なくIHクッキングヒーターの天板を拭き、奥に汚れが溜まっているのを見つけて拭き、ふと上を見上げて換気扇を掃除した。
キッチン脇にある窓の網戸を拭けば、窓自体も気になって隅々まで拭いて、掃除で落ちた埃を取ろうと床にかがめば、床を磨いていた。
電子レンジ、炊飯器、ホットクック、冷蔵庫を磨いた。
もういいだろうと思った矢先にうっかりを目についてしまったのが、IHクッキングヒーターに付属している グリルだった。
使用頻度の高いグリルは、開けて改めて見てみると魚も肉も焼くため油でぎとぎとだった。
使い始めてはや12年。
このグリルの扉を取り外して洗えることは知っているが、洗ったことは1、2度程度。
私は年末最後の最後にパンドラを開いてしまった。

それでもやる気は全くないため手っ取り早く済まそうと、グリル扉を流しに置いてキッチンハイターで泡だらけにして放置することにした。
先にきれいになった換気扇を回して、数分経ってから見てみれば油汚れが浮いて白かった泡は茶色く変色していた。
しめたものだとお湯で洗い流して、そのあとちょっとスポンジで磨いてやれば終わりだったはずなのに、泡を流した後に、全面真っ黒だったグリル扉の一部分が、透明になって向こうが見えるようになっていることに気がついてしいまった。
黒い扉だと信じていたのだが、実はグリル内が見える小窓仕様で、黒焦げていただけだったらしい。
こうなったらもう後戻りはできない。
ハイターで泡、スポンジで擦る、泡、ハイター、泡、ハイター、あわ、はいたー……
何度繰り返しただろう。
少しずつ窓が広がり、扉の縁は黒から光り輝く銀になり、完全に窓が開けた時には新品同様の輝きを放っていた。
午前中から始めて終わったのは夕方近く。
私の右手、特にスポンジで力を入れた人差し指は限界だった。
この指の爪だけ短くなったような気もする。

だから嫌なんだ、大掃除。
つい熱中してしまうから。
日頃からきれいにしておけばこうはならないことを知っていても実行できない未熟さに、してやられた大晦日だった。
新年明けて5日目の今日、磨いてから初めてグリルを使った。
うきうきと小窓から中を覗いてみれば、真っ黒なトレー、真っ暗な庫内、何も見えなかった。
視線を庫内上部に移せば、ぼんやりと熱源であるヒーターが赤く光っているのが見える。
何のための小窓なのか一切わからず、黒いままでもよかったかも、半日使って磨いた労力に対して得るものがないとか、様々な思いが駆け巡った。

冷凍食品の揚げ物を焼いている間、その焼けるにおいは去年とは違いさわやかで軽やかな香りだった。

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大須絵里子
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