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DeFiの固定金利デザイン

こんにちは、Yusukeです。今回僕らのチームが熱心に取り組んでいるテーマでもあるDeFiの固定金利について書きました。

これを読んでいただければ固定金利デザインのバリエーションと全体像、それらのプロトコルの今取り組むべき課題が少しだけ見えてくるかと思います。

それでは書き進めていきます。

まえがき

DeFiは多くの利回りを生み出しました。AMMモデルがオーダーブックモデルの能力を上回り、オンチェーン流動性のスタンダードとなっています。これは金融史上前例のないことです。貸付市場は、Peer to Peer貸付からPeer to Poolに移行しています。Aaveの前身であるEthlendは、オーダーブック方式のPeer to Peer貸付モデルであり、正確な期日と固定金利のメリットがありますが、十分な流動性が得られるまでマッチング効率は非常に低いため、このモデルはDeFiから受け入れられませんでした。需要と供給で金利を制御する満期のない貸付プールモデルは、CompoundやAaveなどの例からブロックチェーン上で最も適していることが証明されています。ただし、貸付プールに満期がない場合は、需要と供給のバランスをとるために利用率(金利フィードバック制御メカニズム)が必要です。利用率のメカニズムは、市場の力のダイナミクスによって決定される変動金利です。つまり、供給が需要を下回ったときに金利を引き上げ、預金/返済を促進し、供給が需要を上回ったときに金利を引き下げ、借り入れ/引き出しを促進する機能であると整理ができます。

対照的に、従来の金融におけるほとんどの債券市場は、固定金利のローンによって構成されています。これからより多くのユーザーと機関投資家がDeFi市場に参入するにつれて、固定金利の需要は増加し続けるでしょう。そして、固定金利プロトコルの提供がDeFiの新たな聖杯になり、DeFiの指数関数的成長の次の波にとって不可欠なプリミティブになると思われます。


DeFiの固定金利

固定金利の需要のために、さまざまな固定金利の商品がDeFiスペースに登場しました。

Defiはレンディング・ステーキング・プロトコル配当などの利回りを生み出しました。cTokenやaTokenのような利回り資産は、それぞれが独自の変動キャッシュフローを備えています。これらのプロジェクトは多様な収益機会を生み出しましたが、金利のボラティリティや金利変動からの利益をヘッジすることでリスクを管理しようとしているユーザーは、十分なサービスを受けられませんでした。この問題を解決するために、数多くのプロジェクトが積極的に取り組んでいます。それらのプロジェクトは主に3つに分類できます。

  1. 固定金利ローン (Notional, Yield …)

  2. イールドストリッピング (Pendle, Element, Swivel …)

  3. トランシェ/仕組み商品 (BarnBridge,88mph …)

この記事では、これらについていくつか例をあげて紹介していきます。

1.固定金利ローン

固定金利ローンでの取引はシンプルで、貸手と借手の間であらかじめ合意された日付・金利・金額で取引を実行します。しかし、DeFiの世界では少し工夫が必要となります。DeFiでは、P2P貸付をP2Poolに変更したり、AMMを介して価格(金利)を 発見し・取引したりするなど、ブロックチェーンに適した方法を使用する必要があります。

これを実現する方法の1つは、「ゼロクーポン債の取引」です。

借り手は、担保資産を差し入れてゼロクーポン債を発行し、割引価格で原資産(例:DAI)に売却することができます。貸し手は、固定金利の預金拘束に相当する割引率でゼロクーポン債を購入し、満期日に額面で資金を受け取ることができます。

システムから貸し出されたゼロクーポン債の額面と売却後に得られた現金の差額が貸付利回りになります。貸付利回りは、マーケットの需給を通じて均衡を図ることで決定されます。

関連プロトコル:Yield Protocol、Notional Finance、Vendor Finance、MYSO Finance

2.利回りの再分配

固定金利ローンは独立した貸付市場で、独立した金利モデルを備えています。一方、利回りを再分配するプロトコルは、Compoundのような変動金利で預けることができるプロトコルの利回りに基づいています。それらは、「イールドストリッピング」と「トランシェ/仕組み商品」の2つのタイプに分けることができます。

2–1. イールドストリッピング

イールドストリッピングプロトコルは貸付プロトコルやアグリゲーターから得られた利回り資産(IBT:Interest Bearing Tokens)の元本部分と利回り部分を分割し、それらをトークン化します。決済前のYT(イールドトークン)の価格は将来の金利に対する市場の期待によって決定されます。

PT(プリンシパルトークン)はゼロクーポン債に相当し、満期日以降に額面価格で資産を償還することができます。ゼロクーポン債は満期までにマーケットで取引される資産の時間価値に基づいて割引されます。

イールドストリッピングプロトコルはこのようにして固定金利の貸付が実現されます。一方、固定金利の借入を実現するためには、借入時に、借入ポジションに対応するYT(イールドトークン)を購入します。YTの変動金利とヘッジしたい借入の変動金利が密接に相関している限り、変動値は相殺されるため、固定金利の借入が実現します。実際には、貸付プールの利用率によっては、借入と貸付の金利の傾向が完全に同じではない場合があるため、部分的なヘッジ効果しか得られない可能性があります。

関連プロトコル:Element Finance、Pendle Finance、Swivel、Sense Protocol、Tempus、APWine

前述の通り、金利は貸付プロトコルに基づき変動します。その上、将来の利回りは不確実であり、リスク許容度と資本の機会費用は人によって異なるため、個々のニーズに応じてリスクを再配分する商品が必要とされます。

2–2. 仕組み商品

仕組み商品/トランシェは、投資家のリスク選好に応じて利回り収入をさまざまなリスクレベルに分割し、さまざまな金融デリバティブとして再グループ化することができます。リスクの低いエクスポージャーを望む投資家から、よりリスクの高いエクスポージャーを望む投資家にリスクを転嫁するようなことも可能になります。

たとえば、固定金利が5%のトランシェファンドを設計できます。

ここではAはリスクの低い優先リターンの商品(固定金利)であり、Bはリスクが高くよりリターンの高い商品(変動金利)です。すべての資金はAaveに預けることとします。

AとBの全ての資金を運用した結果、このトランシェファンドの累積金利が5%を超える場合、Aの投資家は保護された固定のリターン5%のみを受け取り、Bの投資家は残りの超過リターンを受け取ります。一方、累積金利が5%未満の場合、Bの元本は、Aの投資家の固定利回りの5%を補填するために使用されます。Bの投資家にもAの資金を借入て自らの資金にレバレッジ効果が期待できるというメリットがあります。

関連プロトコル:BarnBridge、88mph、Saffron

プロトコルの概要

前述のプロトコルについてそれぞれ順に紹介していきます。

固定金利ローン

Yield Protocol

Yield Protocolは、固定金利の貸付を達成するためゼロクーポン債(fyDai)を使用します。満期日になるとfyDaiは1:1のレートでDaiを償還することができます。固定金利の貸付と借入のメカニズムは次のとおりです。

固定金利貸付:ゼロクーポン債(fyDai)を割引価格で購入し、満期日なるとに償還して固定金利を獲得することができます。

たとえば、アリスは1000Daiで1050fyDaiを購入します。1年で期限が切れる場合は、その時点で1050DAIに交換できます。これは、年利5%の固定利回りの貸付に相当します。

固定金利の借入:ETHを担保として預け入れ、fyDaiをミントし、fyDaiをDAIへ売却します

fyDaiは割引価格で取引されるため、Daiの受け取り額は借入コストの分減少します。

たとえば、ボブはプロトコルで1ETHを担保資産として差し入れ、年利5%で1000DAIを借り入れます。満期日が1年後の場合、ボブは1050fyDaiを借りていることを意味し、債務を返済した後にのみ担保を償還することができます。

さらにYieldProtocolは、ゼロクーポン債の価値は時間とともに変化するため、それに適した新しいAMM曲線である「YieldSpace」を開発しました。この曲線は、ゼロクーポン債に適した性質を持ち、資本効率を向上させることもできます。このAMMはゼロクーポン債の標準となり、クーポンストリッピングプロトコルを中心に多くのプロトコルで採用されています。

また、Yield Protocolの流動性は満期時に自動的に最新のタームにロールオーバーされます。これにより、流動性プロバイダーは受動的に手数料を稼ぎ続けることができます。通常、ゼロクーポン債の満期日と価格が異なる場合、発行ごとに個別の流動性プールが必要ですが、この時に流動性プロバイダーが頻繁にポジション調整を行う必要をなくすためにこの機能を備えています。

Notioal

Notionalでは固定金利の借入を達成するために、ゼロクーポン債(fCash)を採用しています。正のfCashは、貸付、負のfCashは借入を表します。
Yield Protocolとの違いは、Notional Financeのシステムの原資産がcTokenであるということです。ゼロクーポントークンを取引する流動性プールはfCash/cTokenです。これにより、流動性プールの資金が時間の経過とともに追加の利回りを生み出すことができ、LPの資本効率が向上します。
*Yield Spaceは non-yielding assets(例:DAI) / PT(例:fyDAI)

固定金利の貸付/借入のメカニズムは次のとおりです。

固定金利貸付:貸手はDAIをデポジットします。システムはCompoundに預金することでcDAIに交換した後、Notional AMMでfDAIを購入します。購入価格により固定貸付金利が決定されます。

固定金利借入:ETHを担保資産として差し入れ、fDAIを発行します。fDAIを売却してcDAIに交換し、DAIをCompoundから取得して固定レート借入を実現します。fDAIとDAIの価格差が、借入コストとなります。

プールの原資産はcTokenであるため、満期後の固定金利は自動的にコンパウンドの変動金利に変換されます。

流動性管理:Notionalの原資産はcTokenです。プロトコルには異なる満期で複数のプールがありますが、流動性プロバイダーは、cToken単一での流動性提供が可能となっています。システムはガバナンスを介して各流動性プールに流動性を自動的に割り当てます。

cTokenを預けると、有効期限のない流動性証明として「nToken」を受け取ります。預け入れられたcTokenの一部は、fCashを購入し、流動性としてペアにするために使用されます。これは借入ポジションの不足をLPが擬似的に補填していることも意味します。

したがって下図のように、nTokenの混合金利は、ゼロクーポン債の利回りとコンパウンドの正味預金金利の間になります。

流動性を提供する利回り、つまりcDAIを保有し続けることは、ゼロクーポン債(fCash)を直接購入するよりも利回りが低くなりますが、取引手数料を稼ぐという利点もあります。さらに、NotionalはnTokenを担保としてサポートしています。したがって、流動性プロバイダーは、nTokenを担保に借入し、さらにnTokenを作成することで、レバレッジを利かせることができます。


イールドストリッピング

イールドストリッピングプロトコルには将来生成される利回りを表すYT(イールドトークン)があります。その将来の利回りを償還する方法は、プロトコルによって異なります。YTは以下の2つの異なるモデルに分類することができます。

  • Drag:Discounted (PY + FY)

→満期までPY(過去の利回り)、FY(将来の利回り)共に解放されません。YTは満期時に累積した利回りを獲得する権利を表します。(例) Element, Apwine, Tempus

  • Collect:PY + Discounted FY stream

→満期前にPYが解放されます。YT保有者へそのまま利回りが送信されるため、再投資に回すことも可能となります。(例) Pendle, Swivel, Sense

CollectYTは、PYを満期までそのまま保有するパッシブな運用の場合はDragYT、PYをより多くのYTに再投資するアクティブな運用の場合にはRecycleYTとして分類されます。

*再投資(PYをYTに変換)が値滑りなく実現する場合の理想的なモデルがRecycleYTです。
*PY PastYield: YTが現在までに獲得し、実現した利子の収益
*FY FutureYield: YTが現在から満期までの残りの期間で獲得する将来の利子の収益

Drag、Collect、Recycle、それぞれのプライシングモデルに関する詳細な研究は、Sense Financeの「Rudimentary YT Pricing」、「YT Sensitivity Analysis」で確認することができます。

Element Finance

ElementFinanceのすべての資金はYearnFinanceに預け入れられ、預け入れられた資金はPTとYTに分割されます。PTはゼロクーポン債に相当し、満期後に償還可能となります。YTは将来の利回りを表し、満期後に、この期間中に発生した実際の利回りと交換できます。

Elementで固定のリターンを獲得するには2つのアプローチがあります。

一つはPTをマーケットで購入することです。PTの購入は、固定金利での預金に相当します。PTの価格が預金のAPRを決定します。PT価格が低いほど、満期時の利益が多くなり、APRが高くなります。

もう1つのアプローチは、Element Financeに資金を預け入れ、PTとYTを発行して、YTを売却することで将来の利回りを事前に確定することです。

次にYTについて、YTの価格は、将来金利に対する市場の期待を表しており、期間中の累積金利が高いほど、YTの決済価格は高くなります。また、YTを購入することで金利に対してロングポジションをとることができます。満期後に償還された資産が購入費用を上回っている限り、利益を得ることができます。

YTを直接購入するだけでなく、最初にElementに資金を入金し、PTを販売し、取得した資金をElementに繰り返し入金し、それを繰り返し実行することでレバレッジ効果が期待できます(YTの保有量を最大化)。

Pendle Finance

Pendle Financeは、Element Financeと同様に、預け入れた資金をPT(OT)とYTに分割します。主な違いは、イールドトークンにあります。

Elementでは、YTは発生した利回りを蓄積します。累積利回りが多いほど、決済後の償還価格は高くなります。しかしPendleでは、元本によって生成された利回りがYTの保有者のアドレスにそのまま送られるため、この利回りを再投資に回すことで、複利効果を最大化することができます。
また、PendleでYTを保有することは、満期前に継続的に利回り収入を得る権利を表します。そのため、満期が近づくと、この権利の正味価値は減少し、最終的にはゼロになります。

Pendle Financeに固定金利預金をする場合は、OTとYTを作成し、YTを売却して、将来の利回りを事前に確定する必要があります。一方、YTを購入すると変動金利へのエクスポージャーを得ることができます。購入コストが累積利回りよりも低い場合にこれをすることで利益を得ることができます。Elementと同様に、同じ操作を繰り返すことでYTの保有量を最大化することもできます。

また、PendleではLPトークンの固定金利化をすることも可能です。SushiのLPトークンもサポートしているため、固定金利の預金やレバレッジを使用して利回りを最適化することもできます。

Sense Protocol

Sense Protocolもまた、資金をPT(Zero)とYT(Claim)に分割します。SenseProtocolのイールドトークンはPendleFinanceに似ています。どちらも常にYTの保有者が直接利回りを獲得しますが、SenseProtocolのAMMには少し違いがあります。「ゼロクーポン債に適したAMM」の章で比較します。


仕組み商品

トランシェは、リスクの低いエクスポージャーを望む投資家から、よりリスクの高いエクスポージャーを望む投資家にリスクを転嫁する仕組みです。通常はジュニアトランシェとシニアトランシェの2種類のプールがあります。シニア側は優先された固定金利を受け取り、ジュニア側は残りの利回りを受け取ります。ジュニア側はシニア側の資金を借入れることで、ポジションにレバレッジをかけることが可能になると同時に、シニア側の固定金利を支払う義務が生じます。

BarnBridge

BarnBridgeは、「ジュニアプール」と「シニアボンド」で構成される固定金利をターゲットとした仕組商品です。二つのトランシェの資金は、どちらもCompoundやAaveなどに投資されますが、利回りの分配条件は異なります。
ジュニアプールの流動性プロバイダーは、シェアを表すERC20トークンを受け取ります。ジュニアは満期がなく、変動利回りを受け取ります。シニア債の購入者は投資期間(最長1年)を選択でき、ポジションはERC721の形で保持されます。シニアは固定金利を取得します。これは満期前に償還することはできませんが、NFTを譲渡することはできます。

しかし、Aaveなどのプロトコルの金利は変動しているため、突然、金利が下にスパイクする可能性があります。そのため、シニア保有者が約束された元本と満期時の利回りを確実に償還できるように、ジュニアプールの流動性の一部はロックされます。したがって、ジュニアプールの償還にはいくつか制限があります。
即時償還する場合は、シニアの割当てに必要な部分を差し引いた後に、残りを回収することができます。シニアボンドに交換する場合は、シニアの加重満期日に応じたNFTのミント・償還を行い、追加の手数料なしで満期後に償還されます。
シニアの固定金利は、次の式で決定されます。

この利回りは、Compound/ AAVEの金利の3日間の移動平均であり、プール内の流動性利用率に応じて割り引かれ、シニアイールドになります。シニアイールドは常に基礎となるプロトコルの現在の金利よりも低いか同じであるため、ジュニアは長期的に追加の報酬を期待できます。しかし、金利が急落する状況では、ジュニアの利益が減少したり、損失が発生したりする可能性があります。


ゼロクーポン債に適したAMM

AMMの流動性は、サードパーティである流動性プロバイダー(LP)によって提供されますが、価格は事前に設計された方程式によって決定されます。これは、取引する資産に応じて合理的な曲線(数式)を設計する必要があることを意味します。まず既存のAMMについて触れ、その後ゼロクーポン債のような特異な性質を持つ資産に適したAMM式を紹介していきます。

既存のAMMについて、Uniswapが採用している曲線「Constant Product Market Formula(x*y=k)」では2つの資産の準備金の比率でPrice = y/xを決定します。価格は2つの資産の準備金とともに変化します。このモデルは、比較的変動が大きく、価格に相関のない資産に適した曲線と言えます。

次に、mStableが採用している曲線「Constant Sum Market Formula(x + y = k)」では、価格は常にPrice = 1です。プール内の2つの資産の準備金がどのように変化しても、為替レートは常に1です。このモデルは、価格に強い相関を持つ、安定した資産に適した曲線と言えます。

しかし、ゼロクーポン債、PT、YTには、価格が時間とともに変化するという共通の性質があります。「Constant Product Market Formula(x*y=k)」は、満期に近づくにつれ裁定が生じ、予測可能なLPの資金ロスが発生します。そのため、「Constant Sum Market Formula(x + y = k)」では、価格発見を完全に放棄します。よって、これらの2つのAMMはゼロクーポン債の性質に適していません。Curveのようなハイブリッド式もまた、これら2つのモデル間の妥協点ですが、満期までの時間に基づいてパラメーターを調整する方法はありません。

そのため以下では、ゼロクーポン債と金利トークンに適したAMMモデルを設計する方法について説明します。


ゼロクーポン債の価格設定と機能

ゼロクーポン債の価格は、額面価格を割り引いて計算された金利と満期によって決定されます。つまり、将来のキャッシュフローの複利を考慮した現在価値になります。式は次のとおりです。

PV =現在価値、現在価値、FV =将来のお金の価値、債券の額面、r=金利、n=満期までの年数

金利rはAMMでのゼロクーポン債の現在の取引価格と額面価格の差から暗示される割引率です。上記の価格計算式は、市場金利が変わらない場合でも、ゼロクーポン債の価格が時間とともに変化することを示しています。満期日が近いほど、債券の価格は額面価格に近くなり(割引が小さくなり)、最終的には、2つの間の為替レートは1に収束します。

ゼロクーポン債のAMM曲線

時間とともに価格を自動的に変更できる曲線が必要です。具体的には、ゼロクーポン債の価格は、満期開始時は市場のダイナミクスに応じて変動し、満期が近づくにつれて1に収束する必要があります。
そのため以下では、5つのAMMについて紹介します。

YieldSpace - AMM①

YieldSpaceの「constant power sum formula」はゼロクーポン債にカスタマイズされたAMM曲線です。パラメータには時間tを含みます。tは満期までの時間を表し、有効期限が近づくにつれてtは0に近づきます。

t= TimeToMaturity

つまり曲線は、t = 1でx*y = kのようになり、t = 0で、x + y = k のような曲線になります。このメカニズムにより、ユーザーは満期日の前に市場金利に従って債券を取引することができます。満期日が近づくと、債券価格は1ドルに近づき、投資家は債券の額面価格で償還することができます。これは、ゼロクーポン債の特徴を正確に反映します。

さらに、YieldSpace曲線には「金利一定」の機能があります。ゼロクーポン債の市場需給に変化がない場合、ゼロクーポン債の金利は一定でなければなりません。

x*y = kのAMMモデルでは需要と供給が不変であるということは、2つの資産の準備金が不変であることを意味するため、ゼロクーポン債の価格も同じままです。

ただし、ゼロクーポン債の価格式(PV = FV÷(1 + r)^ n)に従い、時間が経過しても金利を一定に保ちたい場合は、ゼロクーポン債の価格を引き上げる必要があります。x*y = kのAMMモデルは時間とともに価格の変化に自発的に反応することはできませんが、YieldSpaceの曲線では、ゼロクーポン債の価格を自動的に引き上げる性質があります。したがって、「金利一定」の機能をもたらす可能性があります。したがって、市場金利が一定であれば、時間が経過しても裁定取引の機会はありません。よってLPは、時間に依存したインパーマネントロスを負担しません。

動的な取引手数料:主流のAMMモデルは、取引量から一定の割合を請求します。たとえば、Uniswap V2は手数料として0.3%を請求します。しかし、満期に近づくと、わずかな手数料でもリターンに大きく影響するため、このメカニズムはゼロクーポン債プールには適してません。

以下の図のように、ゼロクーポン債のAPYが10%に固定されているとした時、0.3%の取引手数料は時間とともに金利に大きく影響します。
満期日が近づくにつれ、取引手数料の年利変動への影響はより激しくなり、変化の規模は指数関数的に増加するため、価格ではなく金利に比例した手数料を徴収する必要があります。

YieldSpaceでは、手数料の計算は価格でなく、利回りに比例して一定の割合で徴収します。つまり満期が近づくにつれ、生み出すことができる利益は低くなり、取引手数料は低くなる傾向があります。

Yield Spaceでは、流動性の分布は満期でx = yになります。価格が1ドルを超える場合は、裁定取引の機会があるため、トークンの為替レートは常に1ドル未満である必要があります。また、fyDAiのコントラクトは常に1DAIを担保に1fyDAIを発行することができるため、1DAIを超える価格でfyDAIを購入する理由もない上、購入は禁止されるため、ゼロクーポン債の価格は額面より高くなることは想定されていません。これは、資金の半分がプールは非活性状態であることを意味します。この非効率を防止するために、YieldSpaceはVirtual Liquidityを導入しています。

Virtual Liquidity(資本効率の向上)
プール内の半分にあたるゼロクーポン債は仮想準備金によって提供され、それによって資本効率を大幅に向上させることができます灰色の領域がヴァーチャルリクイディティーにあたり、この範囲は1fyDAIは1DAIよりも高いため、システムは取引を禁止しています。


Notional - AMM②

YieldSpaceのケーススタディから、ゼロクーポン債に適したAMM曲線には次の3つの条件があると言えます。

  • 満期日が近づくにつれて、システムは自動的に価格を調整し、取引がない場合でも金利を一定に保つ

  • 満期日が近づくにつれて、価格曲線は平坦になり、価格の逆の変化に対する感度は低下

  • 取引手数料は一定の割合ではなく、有効期限が近づくにつれて、料金は低くなる

Notionalは、これら3つのニーズを満たすために3つのパラメーターを導入しています。

Anchor:このパラメーターは、価格曲線の中心を制御します。為替レート(全通貨あたりのfCash)は時間とともに小さくなり、最終的に1に収束します。

取引による価格への影響を考慮しない場合、アンカーを調整しても金利は一定に保たれ、時間による金利への影響を回避できます。

Scholor:このパラメーターは、価格の感応度を示します。「スカラー」が小さいほど、カーブが急になり、価格の変動性が高くなります。満期日が近づくと、曲線は平坦になる傾向があり、流動性はアンカーによって定義された価格中心に集中します。

取引手数料:取引手数料の年利への影響を減らすために、取引手数料には、時間とともに0に直線的に減少する機能があります。

Notional AMM曲線:これらの3つのパラメーターと組み合わせて、NotionalAMMの価格設定式を推測できます。

Element Finance - AMM③

ElementFinanceはPTとYTそれぞれに適した流動性プールを採用しています。具体的には、PTプールにYieldSpace、YTプールに「Constant Product Formula(x * y = k)」の式を採用しています。

Pendle Finance - AMM④

Pendle Financeは、PTプールにSushiSwap、つまり「Constant Product Formula(x * y = k)」を採用しています。前述の通り、曲線は時間とともに変化しません。つまり、LPは時間の変化とともにインパーマネントロスを負担する必要があります。これは、PendleがOTをゼロクーポン債として機能することを放棄することも意味し、固定金利預金がより複雑になり、UXが悪化します。
YTプールはBalancerベースのAMM曲線を採用しています。Pendleはバランサーカーブに改良を加え、より時間のパラメーターを導入して、2つのトークンの重みを時間とともに変更できるようにしました。

この曲線は、t = 0の時、αとβは0.5で開始されます。時間の経過とともに、 αは徐々に0へと減少し、βは徐々に1へと増加します。

たとえば、YT/USDCについて、2つのトークンの重みの比率は50/50、YTの価格は1ドルの時、有効期限が近づくと、YTの重みは低くなります。重みの比率が20/80に達すると、プールで誰も取引しない場合、YT価格は$ 1×(20/80)=$0.25になります。最終的に、重みの比率が0/100である間、YTの価格は$0になります。

上記の様に、AMM曲線は、時間とともに減少するトークン価格の特性を満たす価格設定メカニズムを動的に調整することができます。このようにLPは、時間に依存したインパーマネントロスを許容する必要はありません。


Sense Protocol - AMM⑤

センスプロトコルは、前述のYieldSpaceAMMをアップデートしたAMMであるSenseSpaceAMMを開発しました。

Sense Space:
PTプールはSense Spaceです。Sense Spaceは、流動性ペアを「PT/非利回り資産(Non-yielding assets)」から
「PT / 利回り資産(Target)」へ置き換え、流動性プール内のすべての資産が時間の経過とともに価値を生み出し、資本効率を最大化できるようにします。

しかし、ゼロクーポントークンペアをDAIからcDAIに置き換えるだけでは正しく機能しません。これを解決するために、Sense Spaceは、CompoundのDAIに対するcDAIの比率であるスケーリング係数を導入しました。このパラメーターを使用してcDAIの値をDAIの量にマッピングすることにより、YieldSpaceの式を使用して、ゼロクーポントークンの為替レートを計算できます。具体的には、コントラクトは初期化時にcDAIとDAIの間の為替レートを記録し、各トランザクションでレートを更新します。これによりcDAIの利回りの累積がゼロクーポン債(zcDAI)とDaiの間の為替レートに影響を与えないことを保証します。
SenseにはYTの流動性プールはありません。たとえば、Senseでは、Compound DaiのYT(YT)を購入したい場合は、次の操作を行う必要があります。

ユーザーがYTを購入したい場合:

  • cDaiをSenseにデポジットし、principal tokensのzcDaiとyield tokensのccDAIを発行します

  • zcDaiをトレードしてcDaiを入手する

  • これで、ユーザーはzcDaiと残りのcDaiの両方を使用できます。手順1と2を繰り返して、可能な限りcDaiをccDaiに交換することができます。

逆に、ユーザーがYTを販売したい場合:

  • SensePoolからcDaiをフラッシュ借用

  • cDaiをプリンシパルトークンのzcDaiと交換します

  • YTのccDAIとPTのzcDaiを組み合わせて、cDaiに早期に償還するために借りる

  • フラッシュローンを返済

  • ユーザーには利回り分のcDaiが残る

LPはすべての資金が利回りを獲得する上に、PTとYTに必要なAMMプールはElementやPendleの様に分離していないため、LPの資金効率は上昇します。しかしその取引プロセスの複雑さにより、ユーザーはすべてのターゲットをYTに交換するのが難しい場合や、コントラクトロジックが膨らんでいるため、より多くのガス料金を費やす必要があります。

効率の問題に関する詳細な議論

各プロトコルは、固定金利を達成するためのわずかに異なる方法を持っているため、それぞれの長所と短所があります。

固定金利ローン vs 利回りの再分配

Yield / Notionalが提供するゼロクーポン債は、Element / Pendleが発行するPTと基本的に似ていますが、メカニズムがまったく異なります。
Elementの最も重大な欠点は、価格発見の非効率性です。Elementは、より多くの資本を必要とするPTとYTにそれぞれの流動性プールを必要とします。PTを取得するには2つのアプローチがあります。1つは、PT + YTを原資産と組み合わせて、YTを売却する方法、もう1つは原資産と一緒にPTを直接購入する方法です。効率的な市場では、理論的にこれら2つの経路の価格や金利は同じである必要がありますが、ブロックチェーンの制限とAMMの特性により、容易に差が生じてしまう可能性があり、明らかに問題があります。

Yield ProtocolとNotionalは、基本的に、貸付/借入の独立したプライマリーマーケットといえます。対照的に、イールドストリッピングプロトコルであるElementやPendleは、既存の貸付プロトコルに基づいて構築された金利の二次流通市場といえます。

Yield ProtocolとNotionalのような固定金利ローンタイプのプロトコルでは、金利はAAVEやCompoundのような十分な流動性を備えた貸付プロトコルではなく、独自の流動性プールの需給比率に依存します。そのため、需要と供給の弾力性は非常に低いため、大きな資金が預けられた場合、需要と供給のバランスが崩れ、新しい均衡を探すのに時間を要する可能性があります。

資本効率の向上:
一方、ゼロクーポン債を保有するLPにはいくつかの本質的なパラドックスがあります。LPは通常、手数料収入を望んでいますが、プール内の資産の一部は利回りを稼げないからです。資本効率を改善するために、YieldSpaceはゼロクーポン債の部分であるfyDAIの流動性の半分をバーチャルにしました。このことは、LPの資産の半分(DAI)が時間とともに利回りを獲得しないので、潜在的な金利負担のみ強いられていることを意味します(LPになることは、DAIなどの非利回り資産の保有を意味する)。したがってLPの場合、取引手数料がゼロクーポン債の金利負担よりも高くない限り、LPは債券を購入する代わりにAMMに資本を割り当てる理由がありません。

Notionalでは、預け入れられたcTokenの一部は、fCashを購入し、流動性としてペアにするために使用されます。これはLPが借し貸りのカウンターパーティーになることを意味します。
十分な借り手がいない場合、借り手と貸し手の不均衡にも関わらず、比較的高い固定金利貸付を実現できる事実は、裏返すと、固定金利を上回るLPへの$NOTEインセンティブを意味します。つまり、取り扱い資産をロングテールに扱うことは難しく、持続的なモデルとは言えない可能性があります。

Senseでは、LPがより多くの利回りを獲得するために、利回り資産とPTのLPペアを提案しました。これはコントラクトロジックが膨らむため、ユーザーが預け入れまたは引き出し中に資産を変換するためにより多くのガスを支払う必要があることを意味します。しかし、スケーラビリティーソリューションの発展により、ガスFeeの問題は長期的には大きな問題にはならないと考えられます。

仕組み商品であるBarnBridgeは、市場の需給ではなく、内部システムで金利の発見を行います。そのため、システムのすべての参加者が保有するすべての資本が利回りを獲得し、アイドル状態の資金がないのが利点です。

しかし、「固定金利ローン」および「イールドストリッピング」プロトコルは市場の自然に生まれる需給関係から暗示される金利を取引するのに対して、「仕組商品」プロトコルは過去の移動平均線から金利を推測します。これは、「仕組商品」プロトコルがより投機的であり、自然に生まれていないヘッジ側の需要を満たそうとしていることを意味します。具体的には、カウンターパーティであるジュニア側は通常、追加のリターンを獲得することを望んでいます。したがってジュニア側がより多くの流動性を借りる場合、長期的には、BarnBridgeシニア債の固定金利は、Yield/Elementなどの固定金利よりも低くなる可能性があります。


最後に

変動金利から固定金利へ取引する目的は、金利変動をヘッジすることです。固定金利ローンは本来市場の不調時に必要とされるべき固定金利でありながら、これもまた清算の影響を受けます。また、AaveやCompoundとは別に独自のプライマリーマーケットを抱えることは、流動性の乏しさから需給の弾力性を損なう可能性があります。ストリッピングによるイールドトークンの取引市場は、市場利回りに応じてYTの価格を調整する機能を十分にもち合わせていません。ここも改善が必要でしょう。なぜなら前述の通り、実際には、貸付プールの利用率によっては、借入と貸付の金利の相関が高くない場合があるため、YTは部分的なヘッジ効果しか発揮しないためです。トランシェ/仕組み商品もまた、自然な需給関係から生まれていないため、より投機的であり、思うようなヘッジ効果が得られない可能性があります。また、本来はある期間の貸出/借入の実質金利が当初の期待に応えることができるかどうかにもプレミアム(金利)があります。

ゼロクーポン債権の取引に特化したAMMであるYield Spaceの是非も疑う必要があります。LPの収益性には大きな問題があり、LPが流動性提供に資本を割り当てる理由があまりに乏しいからです。前にも触れた通り、YieldSpaceは、Elementによってイールドストリッピングの分野に導入されたのを皮切りに、多くのプロトコルに採用されました。そして"LPの収益性"という面で各プロトコルによるアップデートも見られます。Pendleは満期前の過去の利回り取引を可能にし、再投資機会を拡大しました。Senseは流動性提供資産ペアを非利回り資産(例えばDAI)から利回り資産(例えばcDAI)に変更しました。Yield Protocolが取り組む最新の研究では、非利回り資産(例えばDAI)をEIP-4624準拠の利回り資産に変更しました。これらのプロトコルは流動性資産の収益性をある程度改善しましたが、低出来高・低取引手数料の課題は残ったままです。通常流動性提供者は取引手数料の獲得への期待から流動性提供に資本を割り当てます。そのためこれらの取り組みは根本的なソリューションにはなっていない様にも思われます。

良かったら伝説の論文「YieldSpace: An Automated Liquidity Provider for Fixed Yield Tokens」も読んでみてください。

また、イールドトークンは金利とそのボラティリティとともに変化することも考えられます。これはスポット市場とそのデリバティブの関係同様です。オプション価格は通常、スポット価格とオプション市場の変動に対応する必要があります。そのため、実際に取引されるべきものは、元本でも利息でもなく「金利差」である可能性もあります。さまざまな金利プロトコルのメカニズムは、効率が低い金利のスポット市場と見なすことができます。金利デリバティブ市場では、同じ想定元本の資産の利回りを取引するために必要な証拠金はわずかです。元本が少なければ、ブロックチェーンやAMM特有の取引摩擦に対する許容度が高くなり、流動性を提供するために大量の資本が必要がなくなり、非常に効率的になります。この分野においては、Voltzというプロトコルが積極的に取り組んでいます。ただしブロックチェーンを使った証拠金取引にはプラットフォームのデフォルトリスクが、低レイヤーにあたるプロトコルにとって致命的なシステミックなリスクがコンポーザビリティーを阻害する可能性は付き纏います。

本質的にDeFiでは、DeFi製品の設計にはリスク・金利・安定性という不可能なトリレンマのバランスが存在します。ユーザーは保証された利益を望んでいますが、暗号資産市場の高いボラティリティにおいてはパラドックスです。 DeFi製品は、投資家の高い利益への欲求を満たしながら安定性を達成するために、戦略の調整と正確なモデリングを必要としています。とても多くのプロトコルに統合されたYield Protocolのように、これからもより革新的なプロトコルが生み出されると予想されます。この分野はハッチフェーズにあり、まだまだ研究が必要とされています。

Napier Finance :

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参考文献

Document:
Yield Protocol 

Notional
Element Finance
Swivel
BarnBridge
Sense Docs

Paper : 
YieldSpace AMM Whitepaper
Element Finance Whitepaper
Pendle Finance Litepaper
Pendle AMM Design Paper

Medium , Substack , Observable: 
So... Why An Orderbook?
Designing Yield Tokens
iGain Finance
YT Sensitivity Analysis
Rudimentary YT Pricing


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