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香り狂い
「あぁ・・あの香りがする。」
ちょうど僕が二十歳の頃、
どうしようもなく好きで、好きで、
頭がおかしくなってしまいそうなくらいに、
脳をイワされてしまった一人の女性。
彼女のことを好きになってからと言うもの、
彼女のこと以外の記憶が何もないんじゃないかと思うくらいに、
どの季節、何をしていても、
そこに彼女の姿があった。
彼女はいつも、
すっぴんではないのかと思うくらいに、化粧っけがなく、
おそらく眉毛も整える程度(ちゃんとしたお出かけの時には化粧をすることもあったが、そうすると僕が直視できなくなってしまうので・・)
そんな彼女が、いつも身につけていた、なんとも芳しい香り。
一体彼女が、どんな香水をつけていたのかさえ、僕にはもう知る由もないが。
僕は、おそらく香りが好きな方だ。
家では日頃から、京都・松栄堂のお香を好んで焚いている。
ちょうどこの季節、道すがら、金木犀の香りがするだけで足を止めてしまうし、
梅、楠、ハーブの類、もちろん新緑の木々に囲まれたときの青々とした生命の薫りも、その折々の季節の持つ雰囲気を纏って、鼻から、口から、大袈裟に言えば、細胞のひとつひとつから身体の中に染み渡り、心を癒してくれる。数多の香り。
ただ、彼女が身に纏っていた、どこの何物かも知らない香水については、
その匂いを嗅いでしまうと、我を忘れたように狂ってしまうのだ。
当時住んでいた六畳のワンルームに彼女が遊びにくると、
普段からバンド仲間で溢れ返るくらいに男臭い部屋に染み付いた臭いが、
瞬く間のうちに、彼女の香りに染まってしまう。
彼女とは、よくお互いに時間を忘れてしまうほどに話し込んでしまい、
終電を逃してそのまま朝まで語り合うことも多かったので、
始発に合わせて彼女が出た後の部屋は、その残り香の存在感によって、
この上ないほどの良眠を僕に与えてくれたものだ。
今ではもう、彼女の声さえも聞くことはできないのだけれど、
梅田の街を歩いていると、時々、その香りがすることがある。
その香りを嗅いでしまうと、僕は一瞬でダメになってしまうので、
我を忘れて、その香りのする方へと、ついつい足を向けようとしてしまう。
僕は、香りが好きな方だと先に言ったが、
こと香水に関しては、今のところ彼女の身に纏っていた香水以外には、
あまり反応をしないようだ。もちろん、嫌いという訳ではないが。
そう言えば、彼女が身に纏っていた香りも、
普段会う時には、彼女の生活の一部であった、
深い珈琲を挽いたときの香りだったことを、
今、この文章を綴っていて思い出した。
あの香水を身につけてきていたのは、
もしかすると、彼女にとっても、一応は特別だったのかもしれないなぁ・・
などと、自分の都合の良いように、昔話を想起するのであった。
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