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ひつまぶし

「宗さん、今日の夜って時間あります?」
「おぉ、宮ちゃん。全然大丈夫よ。がら空き」

宮ちゃんは、大学の2年後輩で、彼が入学当初、軽音楽部とフォークソング部のどちらに入部するか迷っていたところを、新入生勧誘時の出張ブース内で、どうやら僕が口説き落としたらしい。決め台詞は、

「どっちに入ろうが、本気で音楽やったらええんや。せやけど、軽音楽部に入るんやったら、俺が絶対に後悔ささへんからな」

だったそうだ。それでビビッときたらしい。その時から大学卒業時まで、僕の組むバンドのベースはいつでも宮ちゃんが、独特すぎる最高のリズムを生み出してくれたもんだ。


その日まで数日の間、滋賀の実家に帰っていた宮ちゃんは、どうしても僕に食べさせたいものがあると言うことで、わざわざ名古屋まで行って買ってきてくれたらしい。

「いや、それがですね。宗さん、美味しいもの好きやないですか?それやのに、ひつまぶしは食べたことがないって前に言ってたから、一回食べて欲しかったんですわ」
「ほな、夜にうちきたらええわ。ご飯炊いて食べようや」

そんなことを二人でちょっとした企みのように、こそこそと部室横で話をしているのだが、まんまと他の部員たちにも聞かれてしまい、その日の夜はひつまぶしパーティと言うことになるわけです。

いつも通り、大学の閉館時間過ぎまで爆音でブルースセッションをして、飢えた獣のようにお腹を空かせた二十歳そこらのバンドマンが、総勢8名くらいでいつも通り僕の六畳のワンルームに集合するわけだが、残念なことに我が家の炊飯器は二合炊きだったので、こりゃいかんなぁと言うことで、神部屋宅はNG。数駅先の実家から通学している荒木くんの家の五合炊きを使うことになるのでした。


荒木くんのご実家は、色々と事情もあって当日は家族が誰もいなかったため、それぞれ到着するやいなや、各々の獲物を取り出してアコースティックセッションを始めるのだが、僕と宮ちゃんは大真面目に五合炊きの前で小会議。どうやって炊くのがひつまぶしにとっては一番うまいのかを語り合っていたら、気づかないうちに家主に炊かれてしまっていた・・

「お前ら、ほんまにええかげんにせぇよ。人の家をなんやと思ってるんや」

などと、お叱りを受けながら、無事に炊き上がった5合の炊き立てご飯を、各自がそれぞれ勝手にとってきた荒木家の食器に山盛りついで、宮ちゃんのひつまぶしをどんどんと、白ごはんの上に乗せては食べ、乗せては食べ、至福の時間を満喫していくのです。もちろん僕も、人生初めてのひつまぶしを、もったいないからほんの少しだけつまんで、湯気立ちのぼる艶々した白ごはんの上に乗せて、そのまま口の中へと送り出すのです。

「うわぁ・・なんやこれ。。これはちょっと・・うますぎるやつやんか」

僕は、まさかこんなにもひつまぶしというものが、美味しい食べ物だったなんて、つゆほども知らず、これを知らずに生きていた人生のなんとつまらない事か、なんて大袈裟に考えながら食べ進めていくわけですが、いくら五合炊きとはいえ、総勢8名で襲いかかるとまぁ無残なもので、第一戦目はあっという間に終了。

「おい神部屋、まだ食べるんやったら炊いたるけど、どないする?」

おぉ、家主よ。なんと甘い言葉を言ってくれるのだい、君は。

「そりゃもう食べるに決まってるやんか。次も5合で行ってくれ」

その時の僕は、もう目の前のひつまぶしにメロメロになってしまっていたので、
周りの状況を踏まえた判断ができてなかったのかもしれない。もうほとんど僕一人の独断と偏見にて、第二戦目も総勢8名で襲いかかるつもりであったが、実際に炊き上がってみると、その半数は既に脱落してしまっているではないか。

残りの半数も、半ば強引な感じで、なんとか一口ずつ食べてくれたくらいで、
僕一人でほぼ4合の炊き立てご飯と戦うことになってしまった。ただ、そうは言っても本日手にしたばかりの最強の相棒は、相変わらずもったいないから少しずつ取っては口に運ぶのだが、そのペースが特に落ちることもなく一人で完食したのであった。この時点で、合わせて5合半程度。

もちろん、そんなこんなの格闘をしている間に、終電というものは既に僕を置いて走ってしまっていたので、始発まで熱く音楽談義。そうこうしているうちに、不思議なもので、お腹ってすくのだなぁ・・

「なぁなぁ、荒木くん。ちょっとわがまま言うてもええ?」
「どないしたん。まぁ、言うてみたらええわ、なになに?」
「あのな、もう1合だけ!お願い、もう1合だけ炊いて!!」

「あかん!絶対あかん!!米はもう炊けへんからな!!!」

入学して以来、軽音楽部でずっと共に過ごしてきたけれども、こんな感じで怒ることもあるんやなぁって、感心するくらいに怒られました。が、彼は優しいので、

「冷凍庫の中に、多分1合半くらいあるはずやから、もう勝手にチンして食べ〜や」

「わぁ、やっさすぃ。じゃあそうさせてもらいまひょ。。あ!!!」

その時に気づいてしまうのです。あまりに美味しすぎて、ちょっとずつ取っては食べ、を繰り返していたために、まだお茶漬けのようにして楽しんでいなかったことに。それから、荒木くんにお茶を入れてもらって、後詰めの1合半をさらさらと流し込んでいったのでした。

一度に7合のご飯を食べたことなんて、後にも先にもこの時限りです。
僕はよく食べる方ではあるが、決して大食いではない、と思う。
いや、そう言う風に思いたい。そして、荒木くんに乾杯!!


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押六ダンパ
私の為に注いでくださった想いは、より良い創作活動への源泉とさせていただきます。こうご期待!!