常識がないのではなく、価値観が違うだけの話
「普通」
[名・形動]特に変わっていないこと。ごくありふれたものであること。それがあたりまえであること。また、そのさま。
(引用:goo辞書)
普通という言葉の意味は上記の通りである。
それがあたりまえであること。
「◯◯って、普通こうだよね」
「常識的に考えて、あたりまえのことができてないよね」
前の職場で、上司に何度も言われたことがある。
彼の口癖のようなところもあったのかもしれないけれど、上司の言う「普通」「常識」が本当にわからなくて何度も悩んだ。
勤め始めた頃は特にわからなくて、何度も自分がおかしいのだ。自分は常識のない人間なのだと思い、自分を恥じた。
いい歳をして、普通もわからないのか、と。
でも何度も言われるうちに、「本当にそれって常識なの?」と思うことも出てきた。
例えば「毎日家に掃除機をかけるし、水拭きも毎週するよね、普通」と言われたときは「???」と思った。
掃除機なんて2日に一度だし、床の水拭きなんか1ヶ月に一度やればいい方。
子どもが味噌汁をこぼしたときにするくらい。
その時にやっと気づいたのだ。
「人の常識」と「私の常識」はこんなにも違う。倫理的なことは別だけれど、生活の方法とか考え方とか、そんなものに普通も常識もない。
相手に押し付けてはいけないのだ。
もし過去の私と同じように悩んでいる人がいたら、あなたは何もおかしくないのだと言いたい。
生きてきた過去も環境も違えば、相手と180°違う価値観になることだってある。
何が正しいのかなんて、誰にもわからない。
人に自分の考えを押し付けるのは、相手の気持ちや生き方を否定することにつながる。
「私はこう思うのよ、あなたはどう思う?」と言いたいものだ。