成功を信じ続けた天才、アレキサンダー・マックイーンの劇的な人生
こんばんは!
健太です♪
相変わらず映画をたくさん観る日々が続いています(笑)
昨年公開された『マックイーン:モードの反逆児』を今更鑑賞しましたが、やはりすごいです天才アレキサンダー・マックイーン。
他に追随を許さない発想力で独自のデザインを貫いており、元々好きなデザイナーでしたが更にその魅力を再発見できたので紹介していきます。
■天才の功績
1969年に生まれたアレキサンダー・マックイーンは、16歳からサヴィル・ロウの仕立て職人の見習いとしてキャリアをスタートしました。
その後、名門セントラル・セント・マーチンズでもファッションを学び、卒業コレクションがファッションアイコンとしても有名なスタイリストであるイザベラ・ブロウの目に留まります。これがマックイーンにとって大きなターニングポイントとなりました。
奇抜なデザインから批判を受けることもありましたが、徐々に認められるようになります。1992年には自身のブランドを立ち上げ、翌年にはロンドンコレクションでのデビューを果たします。
功績が称えられ、ジョン・ガリアーノの後任として名門ジバンシィの主任デザイナーに就任します。しかし、マックイーン社の株をグッチグループに売却したことでジバンシィから更迭されてしまい、翌年にはグッチグループのクリエイティブディレクターに就任しました。
ブランドを転々としたマックイーンでしたが、その実力は称賛を浴び、ブリティッシュ・デザイナー・オブ・ザ・イヤーの4度受賞したことに加えて、34歳の若さで大英帝国勲章を受章しました。
若くして富と名声を手に入れたマックイーンでしたが、なんと40歳の若さで自殺します。数日前の母親の死がその原因であったとも言われています。そのニュースは世界に衝撃を走らせました。
■アバンギャルドの独自性
マックイーンのデザインの特徴は、「アバンギャルド(前衛的)」という表現がまさにぴったりです。時として執拗に攻撃的で、ニヒリズムなどをテーマにした刺激的なコレクションに溢れていました。
中でも伝説と云われているコレクションが、セント・マーチンズ卒業制作の「獲物を狙う切り裂きジャック」です。マックイーン自身が育った労働階級者の街、イーストエンドで実際に起こった事件をコンセプトにしたコレクションはイザベラ・ブロウを以てして「今まで見た中で一番美しいもの」と絶賛しました。
ジバンシィ時代も「まず、ブランドの歴史やユベール・ド・ジバンシィの時代を全て忘れることからはじめました」と言い放ち、自分流のデザインを軸としてショーでマネキンを使用するなど、様々なことに挑戦しました。
ブランドのショーの過激さからモードの反逆児と呼ばれ、その芸術性からデヴィッド・ボウイやレディー・ガガなど多彩なミュージシャンにも愛されてきました。
■おわりに
ファッションショーも自分の人生も刺激的でドラマチックだったアレキサンダー・マックイーン。
常に議論を起こし、世の中にオリジナリティを突き付けてきた彼は、批判を食らうことも多々ありました。しかし、彼は「いつも成功している自分のイメージが頭にあった」という言葉を残しています。自分を信じ続け、オリジナリティを貫き続けてきたその姿はどこまでもかっこ良いですね!
それではまた!
服部 健太