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特別教育(安衛法)の効果を測定する好機

1 テールゲートリフター業務への特別教育の義務化

(1)テールゲートリフター業務が特別教育の対象に

2023 年3月公布された安衛則の改正によって、貨物自動車のテールゲートリフターの操作の業務を行わせるには、特別教育を実施させることが必要となった。


(2)義務化となった経緯

ロールボックスパレットをテールゲートリフターで操作をするときの事故が多く、その原因として操作者が安全な操作方法を知らないからだという認識が、行政及び専門家の間にあったからである。
また、労働基準監督官の間でも、テールゲートリフター業務は比較的危険な作業であるとして、特別教育の対象にするべきではないかとの声が上がっていたこともある。。

2 特別教育の効果を図る好機となる

(1)テールゲートリフター義務化の2つの特徴

このテールゲートリフターの特別教育の導入は、これまでにない2つの大きな特徴があった。

  1. 極めて短期間に多数の労働者への教育が行われたこと

  2. それまで認識されていなかったことが教育に含まれた

この2つのことによって、テールゲートリフターの特別教育の導入は、特別教育の効果を調査するための契機となったのである。以下その2点について説明したい。

(2)短期間に大量の同質の教育が行われた。

・ 公布から施行まで1年足らず
施行は 2024 年2月と、公布の日から1年もないのである。テールゲートリフターの業務を行っている労働者は、施行の日以降も業務を続けたければ、公布の日から施行の日までに特別教育を受けなければならない。
ところが、対象者は、専門家の予想や報道によれば、30 万人とも 60 万人とも言われた。この対象者に対して1年足らずの期間に教育を行わなければならないのである。

・ 教育を行う対象は30万人とも60万人とも
当時の報道の多くは、とくに根拠は示していなかったが、受講対象者を 60 万人と見積もっていた。例えば、京都新聞 ON BUSINESS「法改正に伴い、早期対応が望まれる「テールゲートリフター特別教育」」によると、「テールゲートリフターを使った作業をする方々は60万人以上と言われています」とされている。
なお、テールゲートリフターの製造メーカでこの問題に詳しい方から、筆者(柳川)が得た情報では、対象者は 30 万人程度とのことであった(根拠は「テールゲートリフターの安全作業入門」参照)。

・ 教育は一朝一夕にできるものではない
そもそも、法定の教育などというものは、やれと言われて、いきなりその日からできるようなものではない。何をどう教えるかを定めて、テキスト等の教材を作成し、かつ教育を行う講師を養成しなければならない。いい加減に始めれば、間違ったことや無意味なことを教えて、かえって危険になるということにもなりかねないのである。

・ 半年足らずで30~40万人を教育
安全衛生教育のテキスト作成や講師養成を専門に行っている機関は、公布の日から、あわててテキストの作成や講師の育成を早急に行った。もっとも、実際に対応したのは、陸上貨物運送事業労働災害防止協会(陸災防)と(一社)全国登録教習機関協会(全登協)の2機関だけであった。そして、この2機関とも、テキストの販売や講師養成研修を始めたのは、2023 年7月頃である。
このため、実際の特別教育が始まったのも 2023 年7月頃からであった。そのときから施行の日まで、6月もないのである。その結果、半年足らずで30万人とも60万人ともいわれる労働者を教育しなければならなくなったのである。

・ 現場は大混乱
多くの教習機関等で、特別教育を集中して行ったが、教育施設や講師数には限界がある。一時は、教育の募集を開始すると即時に定員いっぱいに予約が入る状況で、教育を受けたくても受けられない状況が続き、かなりの混乱が起きたのである。

(3)それまで知られていなかったことを教育する経験

・ 実は、違法だったテールゲートリフターによる人の昇降
ところで、この特別教育が開始されるに当たって、それまで違法だと思わずに普通に行われていたことが、実は違法だという認識が広まったのである。というのは、テールゲートに人が乗ったまま昇降することは、それまでも安衛法の用途外使用(安衛則第 151 条の 14)に該当し、法違反なのである。


・ 誰も違法だと認識していなかった

ところが、そのことがテールゲートリフターのユーザーには、一般に認識されておらず、テールゲートリフターの操作者は、普通にテールゲートリフターに乗って昇降していたのである。
また、労働安全の専門家や研究者ばかりか、監督機関も、これを違法行為とは認識していなかったようなのである。

・ 製造メーカーが違法行為だと指摘
ところが、製造メーカーはこれを人が乗って昇降するものとしては製造していないのである。このため、日本自動車車体工業会が、特別教育が義務付けられるというので、「テールゲートリフター昇降作動時における人の搭乗禁止について」を行政に提出して、テールゲートリフターに人が乗って昇降することの禁止を周知して欲しいと訴えた。


illust AC のイラストを用いて筆者作成

・ 作業者は特別教育で違法だと知らされる
このため、テールゲートリフターの操作者は、それまで違反だとは思わずテールゲートリフターでトラックの荷台への昇降を行っていたにもかかわらず、教育を受けると、それは法違反でありまた危険なことなので行ってはならないと教わることになったのである。

・ 教育によって納得は得られるだろうか
しかし、テールゲートリフターの奏者者は、過去、何年間も作業の効率化のためにテールゲートで昇降しているのである。しかも、ほとんどの作業者はそのことで危険な目に遭ったことがないのである。そのため、それが危険な行為だと言われても、直ちには納得しがたいこともやむを得ない面はあろう。

(3)特別教育の効果を図る好機である。

しかし、これだけの短期間にそれまで行われていなかった教育が集中して実施されたことは、ある意味では、めったにない貴重かつ稀有な経験でもあった。これは、法定教育にどのような効果があるかを測るために、絶好の機会となったといえよう

3 特別教育の効果を証明するべきである

(1)特別教育のコスト

先述したように、特別教育の受講対象者は多ければ 60 万人程度いるのである。テールゲートリフターの、教育機関における一般的な料金は1万数千円である。仮に1万円だとしても、関係事業者が負担したコストは、全体で 60 億円程度になる。さらに受講時の賃金や交通費も計算に入れれば、全体のコストは2倍程度にはなるだろう。

(2)特別教育の効果を調査する必要性

それだけのコストを負担して教育を行うにもかかわらず、その前と後で、①テールゲートリフター操作者の作業態様に変化がなかったり、②テールゲートリフター関連の労働災害発生件数に差がなかったりするなら、このコストの支出は何だったのかということになろう。
ここは、公的な機関か研究所が、その効果を調べてその結果を公表することで、特別教育の必要性を国民が知ることができるのではなかろうか。

(3)特別教育の効果を知るために調査するべきこと

特別教育の効果を知るために調査するべきことは以下の2点であろう。すなわち教育によって人の昇降という違法な作業をどれだけ減らすことができたか、また、教育の究極の目標である労働災害がどれだけ減少で来たかである。

  1. テールゲートリフターを用いた人の昇降作業が、教育の前後でどれだけ減少したか

  2. テールゲートリフター関連の労働災害発生件数が教育の前後でどれだけ減少したか

この2点は、この特別教育の新設した効果を図る指標となして利用できるだろう。

(4)調査の手法等について

人の昇降の禁止の遵守状況の改善は、やや大規模な質問紙法による調査を行うしかないだろう。
筆者が、近くのスーパーマーケットなどでテールゲートリフターの作業を見る限りでは、遵守状況は改善されているように見える。しかし、わずかなサンプルで全体の効果を推し量ることはできない。
一方、災害発生件数は、テールゲートリフターを原因とする災害はそれほど多くはないので、意味のある調査になるかはやや微妙なところではある。
しかし、公開されている災害データから分析は可能である。死亡災害のデータベース及び休業4日以上の死傷災害のデータベース(1/4の無作為抽出)が一般に公表されているからである。
なお、現時点で、公開されているのは、死亡災害は 2022 年まで死傷災害は 2021 年度までのデータなので、この教育の効果を知ることはできない。
今後、データが公表された段階で、私なりに分析をしてみようと思う。

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