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偽造技能講習修了証の作成及び譲渡を禁止する必要性


1 偽造技能講習修了証の発行事件

(1)就業制限業務とは

安全衛生法の就業制限業務(の一部)を行うためには、免許の取得又は技能講習の修了等が必要となる。法的に就業制限の対象となっている業務は、免許又は技能講習修了等の資格のある者しか行うことはできない。
無資格者が行うと、本人及び周囲の労働者を危険にさらすおそれがあるので絶対に行ってはならない行為である。
技能講習は、都道府県労働局長が登録した「登録教習機関」のみが行うことができ、登録には一定の要件が必要となる。

(2)偽造技能講習修了証が発行されるケース

技能講習の修了証は、これまでも何度か偽造されたケースがあった。その多くは、次の2つのケースである。

  1. ひとつは、登録教習機関が技能講習を実施せずに修了証を発行するケースである。この場合、その登録教習機関は行政処分の対象となる。

  2. もうひとつは、登録教習機関でない者が実在する登録教習機関名を騙って修了証を偽造するケースである。偽造修了証発行事件のほとんどは、このケースである。これは刑法の有印私文書偽造罪が適用される。

そして、この2つのケースでは、偽造された修了証は、第三者にとって、その修了証が無効であると確認することは、かなり困難なのである。
というのは、技能講習の修了証は、それを発行する登録教習機関ごとに違っており、ときには発行した時期によっても異なるからである。

(3)偽造技能講習修了証の発行事件の発生

ところが、2025 年2月 に偽造技能講習修了証の発行事件が発覚した。このケースは、これまでの偽造のとはかなり異なっている。
このケースについて、千葉労働局が「無効な技能講習修了証の回収の呼び掛け」を発表している。
これに添付された「 偽造「技能講習修了証」を使った就業は違法です!  」によると、「株式会社種子島(本社:千葉県木更津市)は、実際に安全・衛生に係る講習を 実施することなく、技能講習修了証を交付していました」という。

(4)今回の偽造修了証発行事件の特殊性

この例は、登録教習機関ではない者が、自社の名前で(当然に技能講習を実施せずに)修了証を発行するという、非常にめずらしいケースである。
従って、無効であることは修了証の発行人の名称を確認すればよいので、偽造であることを確認することは、きわめて容易なのだが、別な問題が起きるのである。
というのは、犯罪にならない可能性があるのだ。

2 偽造技能講習修了証の処罰規定はあるか

(1)刑法の誘引私文書偽造罪

奇妙なことに、 技能講習修了証偽造疑い 金属加工会社を刑事告発 千葉労働局|NHK 千葉県のニュース などのいくつかの報道によると、本件は「有印私文書偽造の疑いがある」とされている。
しかし、内容が偽りであったとしても、今回のように登録教習機関でないものが自社名後の(無効な)技能講習修了証を発行したとしても、有印私文書偽造罪には問えないのである。
なぜなら、この罪は、他人名義の事実関係を証明する文書などを、正当な権限がないのに作成などをすることを処罰するものだからである。
仮に「有印私文書偽造」で有罪になるとすれば、社内の権限のない一部職員が会社に隠れて自社の名義で修了証を発行したようなケースだが、今回はそうではないようだ。

(1)安衛法令の規定

一方、安衛法令には、登録教習機関でないものが、技能講習修了証やそれと紛らわしい証明書を発行又は譲渡することを禁止する規定はないのだ。
千葉労働局の公表した文書には書かれていないが、朝日新聞の「無効な技能講習「修了証」を発行 数万円で販売か 会社を刑事告発」などによると、労働局が警察に対して、この会社を刑法の有印私文書偽造罪で告発したとされている。
これは、刑法については労働局には捜査・送検等の司法処分の権限はないからだ。しかし、安衛法違反になるのなら、労働局もわざわざ警察に告発したりはしないのである。

(2)偽造技能講習修了証の発行は処罰できないのか

そうなると、(禁止している条文がないので)刑法違反にも安衛法違反にも問えないこととなる。つまり、今回のようなケースでは処罰することができないのではないかという問題がでるのである。
もちろん、偽造された修了証によって安衛法の就業制限業務違反が行われれば、幇助(または教唆)の罪には問えるであろうが、修了証の偽造そのものは違反とはならない。
今回のケースでは、無効な修了証を偽造した会社(株式会社種子島(千葉県))は、偽造した修了証を数万円で販売したということなので、詐欺罪の適用が可能かもしれない。しかし、購入した者も犯罪だという意識はあっただろうから、かなり難しいだろう。
なお、登録された登録教習機関が、技能講習を実施せずに修了証を発行した場合は、刑事罰は問えないが、業務停止又は業務廃止などの行政処分を行うことが可能である。

3 技能講習の修了証を偽造した罪を設けるべきである

やはり、安衛法を改正して登録教習機関でないものが技能講習の修了証やそれと紛らわしい文書を作成し、または行使させる目的で譲渡する行為を禁止するべきであろう。
これまで禁止規定がなかったのは、登録教習機関の名義でない無効な修了証が作成されるとは思われなかったためかもしれない。
しかし、実際に修了証を自社名義で偽造する者が現れたのであるからやはり、それを禁止することは必要であろう。

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