さくらはじめてひらく

みなさまこんにちは。昨年よりパーソナリティーとして参加してきたラジオ【八丈島の風をあなたに】の中にコーナーを持たせていただく事になりました。題して【八丈島の四季だより】。小さな島の小さな海沿いの集落。小さなテイクアウトカフェの店主が、島の季節の事と、日々のことをつらつら書き、それを朗読するコーナーです。コーナーで朗読したものをエッセイとしてこちらにも投稿していこうと思っています。コーナーは隔週配信の予定なので配信後に更新していく予定です。

【桜初開】(3/20放送)
二十四節季でいうと春分。昼と夜が同じくらいになるころだそうだ。毎日夕方の5時にお店の看板をしまいに出る私だが、1日1日と日が伸びているのを感じる。この間まで5時はもうまっくら、闇の中だったのに今ではまだお日様が海の上に浮かんでいる。

二十四節季をさらにわけた七十二候でいえば桜初開(さくらはじめてひらく)。ソメイヨシノの花が全国で開き始めているころだろうか。八丈島でも山がほんのり白く染まってくる。島にはソメイヨシノが少なく、白に近い桃色をした大島桜が、山の緑を淡い色に変えていく。年中生き生きとした緑をたたえる八丈富士と三原山だが、この時期だけはまだらにかすんだ色が見え、「ああ、春なんだなあ」と感じるのだ。

山から海に目をうつすと、これまた水平線がぼんやりかすんでいる。霞の正体は水蒸気や黄砂、チリやほこりなんかだそうだ。正体を知ってしまうとなんだかきたなく感じてしまう自分もいるが、昔の句でも読まれるように、やはりかすんだ景色は春を感じさせてくれる。

近年八丈島にはザトウクジラがやってきているが、春を感じる陽気だ、そろそろ旅立ちの時期だろう。ザトウクジラは冬は暖かい海で繁殖子育てをし、夏には高緯度の海を餌場とするそうだ。ここ八丈島から、オホーツク海やベーリング海へ。気の遠くなるような距離を、くじらはゆったり進んでいくのだろう。子連れの鯨も今年たくさん見られたが、その旅路の中、子供も強くたくましくなっていうのだろう。小さな島から見える海はいつだって雄大だ。そのあまりにも広い海を自由に泳いでいけるなんて、たまにとてもうらやましくなる。けれど、一か所にとどまって、季節の変わる瞬間をこの目で、体で感じることができるのは、とても贅沢な事だな、と30歳の私はしみじみ思うのである。

旅立ち、といえば、島の子供たちもおなじだ。高校を卒業すると、ほとんどの子供たちが進学や就職で島を出ていくことになる。東京や世界から見れば、八丈島はちっぽけな豆粒だ。人の量も面積も情報の数さえも。八丈島は車でちょっと走れば一周できてしまう。そんな島で育った子供たちからすれば、島の外、というのは海のようにはてしない世界かもしれない。

12年前、飛行場や船着き場で友人を見送った。そして私も見送られて大海原へ漕ぎだした。そんな大きな気持ちは当時なかったように思うが、今思えば、育った場所から外に出るというのは長い旅に出るのと同じだ。人や町、社会に翻弄され、波にぶつかってはもみくちゃになって、でも必死にどこかを目指していたように思う。

そんながむしゃらな10代、20代が終わり、気が付けば私は最初の旅を終え、島に帰ってきた。変わらなくあるもの、旅に出たからこそ変わって見えるもの。気が付かなかった日々の移り変わり、五感が覚えている季節の移り変わり。私は山の桜のように、なにか咲かせられたのだろうか。春まっただなかの島をよそに、自分の春は過ぎ去っていったのだな。と懐かしく思う。

鯨はどんな気持ちで次の季節、八丈島を泳ぐのだろう。島の旅立つ子供たちもいつか旅を終え、帰ってくるのだろうか。その時、どんな春の記憶を携え、何を思うだろう。私はいつか、それを聞いてみたい。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
狛江エフエム、コマラジにて【八丈島の風をあなたに】毎週土曜日8:00~放送中!■ラジオFM 85.7MHz ■アプリ:リスラジ http://listenradio.jp/
もえのコーナーは隔週で【八丈島の四季だより】【あいがえおしゃべりタイム】を放送中です。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?